草木を愛し、79歳で博士号を取得したひとがいる。東京都文京区の元生物教師、大川ち津るさん(80)。初心者でも植物の名前を簡単に調べられる教材を開発し、学位(教育学博士)を受けた。今も教壇に立ち、若い人々に自然の奥深さを伝えている。
大川さんは1947年、東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大)を卒業して都立高校の教師になった。教職の傍ら、国立科学博物館が主催する観察会に参加し、植物の世界に魅せられた。54歳の時、東京都教員研究生として1年間、同博物館に「内地留学」したことが転機となり、植物分類の研究に没頭した。
◇25年かけ教材開発
テーマは「種子植物の検索(名前調べ)教材の開発」。大川さんは25年間かけて、2172種類の草木から166の特徴を選び出し、検索用のデータベースを手作りし、これをもとに野外用の教材を開発した。
教材は、小さな穴がところどころに開いたカードの束。葉の形、花びらの色や数など、該当する特徴のカードを何枚か重ね合わせることで、植物の名前を絞り込む。特定できれば、その名前の穴だけが残る仕組み。カードは「道ばた」「校庭」「海岸」など植生別で、それぞれ100~200種類の植物を特定できる。カード1枚ごとに大川さんの手描きの絵が添えられており、「穴が残り、その穴から青空が見える時は楽しいですよ」
博士論文には8年かけ、昨年11月、80歳の誕生日の8日前に東京学芸大から学位が授与された。指導した岡崎恵視教授(生物教育)は「子どもでも使える教材を手作りした根気と情熱は素晴らしい」と称賛する。
今も都内の専門学校で、若い学生に植物検索の方法を週1回教えている。「雑草、と簡単に言うけれど、すべての植物に名前がある。自然は多様だから美しいのです」と大川さん。今後、データベースの植物を3000種類まで増やし、教材を普及させたいと張り切っている。【元村有希子】
毎日新聞 2006年6月13日 13時10分 (最終更新時間 6月13日 13時13分)