「10頭の勇敢なライオンと1人の愚か者」とは、98年のW杯で相手の挑発に乗ったラフプレーで退場となったベッカムへの新聞の皮肉だ。イングランドは試合をPK戦で落とし、英マスコミはベッカムたたきで埋め尽くされた▲だが今回、頭突きで退場となったフランスのジダンへの非難や皮肉はほとんどなかろう。むしろジダンの最後の活躍を心に刻もうとやってきた観衆は、相手のイタリアにブーイングを浴びせた。大会期間中の記者投票では最優秀選手にも選ばれている▲「ジダンはフランスの頭脳だ。彼のいない試合を思い出してみるがいい。ひどいものだ」とはペレの言葉だ。一度は代表を引退しながらチームの窮状から復帰、決勝まで引っ張ってきた当人である。そのサッカー人生とチーム優勝の望みがレッドカードで打ち切られるとは運命も皮肉だ▲最後にベルリンの空に黄金の杯を高々と掲げたのは、イタリアのカテナチオ(かんぬき)と呼ばれる守りの要となってきた主将カンナバロだ。やはりイタリアの栄光は、今大会7試合の失点をPKなどによる2点にとどめ、相手の攻撃による失点を防ぎきった堅守がもたらした▲だがそのイタリアサッカー界は堅守どころかセリエAの八百長疑惑で大揺れだ。当のカンナバロも、GKのブフォンも検察の事情聴取を受けた。ついでにいえばフランスチームでPKを外したトレゼゲもだ。イタリアには「世界一」の喜びの後に一連の疑惑への裁定が待っている▲どうもドイツ大会をつかさどったサッカーの神はちょっと意地悪な皮肉屋のようだ。だがテロやネオナチの暗躍もなく、「世界よ来れ、友のもとへ」の友好の理想は実現した。最も大事な祈りにはすんなり応えてくれた神様に感謝したい。
毎日新聞 2006年7月11日