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記者の目:奈良の高1放火殺人事件 花沢茂人(奈良支局)

作者:花沢茂人  来源:mainichi-msn   更新:2006-8-2 8:06:10  点击:  切换到繁體中文

奈良県田原本町の医師(47)方で母子3人が死亡した放火殺人事件。殺人などの非行事実で奈良家裁に送致された高校1年の長男(16)は、小学校の卒業文集に「ぼくの将来の夢は、医者になることです」とつづっていた。父親は医学部に進学させようと、時には暴力も交えて勉強を指導したとされる。長男は、そんな父親を憎んでいた。私には、父子が医師という職業についてじっくり語り合う機会がもっとあれば、こんな結末は招かなかったのではないか、と思えてならない。

 6月20日午前6時前、携帯電話が鳴り、奈良支局の泊まりの先輩記者が「田原本町の住宅が全焼し、4人が行方不明らしい」と告げた。私は現場に直行した。駆け付けた同僚と手分けして、近所の人たちに、火事に遭った家族の話を聞いて回った。長男は中高一貫の進学校に通い、父親と同じ医師を目指していると、その時聞いた。

 2日後、長男は京都市内の住宅に侵入しているところを発見される。殺人と現住建造物等放火容疑で奈良県警に逮捕された長男は、調べに「父に日ごろ『医者になれ』と言われ重荷に感じていた」と供述した。

 自分のことを考えた。私の父(65)は、大学受験に失敗し、祖父が経営する自動車部品の整備会社に就職した。仕事について多くを語ろうとせず、私は小学生のころ、父親の職業を自慢する同級生の会話についていけなかった。今から思えば父の愛情だったのかもしれないが、私の就職の際も、全く口出ししなかった。だから、勉強の面倒を父親に見てもらった長男に、ある種のうらやましさを感じた。

 文集で長男は、医師を志す理由の一つに「父が医者で、手術をしている写真がかっこよく見えた」と書いた。続けて「父は何も話してくれませんが……」とつづっている。私はこの言葉に引っかかった。憶測だが、長男は父親と「医師」という職業について語り合うことは、ほとんどなかったのではないか。

 長男は幼いころから「医者になれ」と周囲に言われ、毎年東大、京大に多数の合格者を出す中高一貫の私立校に進んだ。必死に勉強したものの、成績は中くらい。高校1年になった今年、担任教諭に「医学部に行きたいのか」と尋ねられた際は「それほどでもない」と答えたという。

 小学生のころの夢は、しぼんでしまったのか。なぜ医師になるのか、なぜ勉強するのか、長男には理解できていなかったのかもしれない。

 毎日新聞は事件後、中高生の子どもを持つ医師15人に、進路をめぐる子どもとの関係などを尋ねた。「子どもを医師にしたい」と答えた6人中、5人は「進路押しつけはよくない」と答えた。50歳代の女性勤務医は「医師はステータスが高いと思われがちだが、勤務医は非常に過酷で責任も重い。その厳しさも伝えず、何がなんでも医学部に、と子どもに求めるのは異常」と記している。

 接見した弁護士に、長男は「毎日ではないが、(父親に)素手で殴られた」「ほっとできるのは学校だけ。漫画を買って学校で読んだが、父が怖く友達にあげた」と話したという。そんな関係では、医師という職業の素晴らしさ、厳しさを語り合うことは不可能だったかもしれない。

 神戸家裁の元主任調査官で、約4000人の少年審判を手がけた鈴鹿医療科学大学の藤原正範助教授(51)は、約20年前に担当した高校2年の優等生による殺人事件を思い出すという。「その子も父親が支配的な家庭で、殴られて育った。青年期の少年は、人格を否定されることに非常に敏感になる」と指摘する。一方で「これほどの事件の前には必ず予兆があったはず。それを察知できなかった父親にも問題があったと言わざるを得ない」と語る。

 奈良地検の調べに対し長男は「嫌な思い出しかない家をこの世から消し去りたかった」と述べた。現在は奈良家裁で調査、審判を受けているが、警察と検察の捜査で出てこなかった事実が明らかになれば、父子間の問題も見えてくるだろう。

 家裁の観護措置は、早ければ8月初めにも終わり、家裁は少年院送致などの保護処分か、刑事処分相当の検察官送致(逆送)かを決める。

 事件で、父子の間には修復できないほどの深い溝ができた。長男が更生するためには、父親との腹を割った対話が不可欠ではないか。それが、亡くなった母と弟、妹へのせめてもの供養につながると思う。

毎日新聞 2006年8月2日 


 

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