1954年に米国が太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で実施した水爆実験をめぐり、周辺海域で操業していた高知県の漁船の元船員や遺族ら45人が国に総額約6500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が20日、高知地裁であった。西村修裁判長は、国が被曝(ひばく)の関係資料を隠したとは認められず、国に追跡調査をする法的な義務もないなどと判断。元船員らの請求を棄却した。
特集:核といのちを考える
原告は、米国の核戦略に影響を与えないよう船員の被曝を隠蔽(いんぺい)し、故意に追跡調査や支援をせず、関係資料も隠したと主張。健康被害の実態を知る機会を奪われたなどとして、元船員や遺族ら1人あたり慰謝料200万~20万円を求めた。国は「被曝を追跡調査する法的義務はなく、故意に関係資料を隠した事実もない」と反論していた。
米国は54年3~5月、ビキニ環礁で6回の水爆実験を実施。3月の実験で静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」が被曝し、無線長が半年後に死亡した。国や自治体は周辺海域から帰港した船の被曝状況の調査をしたが、同年12月に中止。米国が翌55年に200万ドルの「見舞金」を支払うことで政治決着していた。
国は86年の国会で、被曝した漁船や船員の資料について「ない」と答弁。だが2014年、市民団体の情報公開請求を受け、延べ556隻の船員らの被曝線量に関する資料を開示した。
■内部被曝の扱い、今後の…