今年で25周年を迎えた三重県文化会館(津市)は、演劇界では知られた存在だ。劇場に寝泊まりして24時間創作に打ち込むことができたり、演劇の手法を認知症の介護に生かしたり。独自の路線をひた走る。
今年1月。小ホール近くの稽古場で、新作の本番を翌日に控えた劇団のメンバーが最後の詰めに追われていた。東京を拠点にする人気劇団「柿喰(く)う客」の俳優やスタッフらだ。夕食の豚丼や野菜の煮物を食べながら、話し合いを重ねた。
会館は2009年、主催事業で招いた劇団が芝居の創作から稽古、公演までのすべてを合宿スタイルでできる「劇場レジデンス事業」を始めた。全国的に注目されつつある若手劇団や劇作家・演出家を会館がセレクトして招き、作品を上演する。
キッチンや洗濯機、楽屋にはシャワールームも完備。自炊や洗濯などにかかる光熱費、布団のリース代も会館側が負担する。持ち込みの食材費などを除けば基本的に宿泊費はかからない。現在では、レジデンス事業で作品を上演する劇団は年に三つほどある。
アイデアの主は、副館長の松浦茂之さん(51)だ。「人気の出そうな若手劇団を呼びたかったが、当時は東京や大阪、名古屋ではなく、三重で公演したいと思ってもらえる魅力がなかった」。どうしても特徴のある“売り”がほしくて、たどり着いたのが創作環境の良さと宿泊代が浮くアイデアだった。
「柿喰う客」はこの事業の第1号で招いた劇団。市民と2週間、会館で寝食をともにしながら演劇をつくった。その後、上演作品が13年の第57回岸田国士戯曲賞の最終候補にノミネートされるなど人気の劇団に成長した。
代表で演出・劇作家の中屋敷法仁(のりひと)さん(35)は「当時、じっくりと作品に向き合える場所を探していた僕らにとって、三重で24時間創作に集中できたことは大きかった」と振り返る。
当時大学4年生だった俳優の大村わたるさん(31)は、2年後に「柿喰う客」に入団した。「ここの良さは、朝起きてご飯を食べた後、稽古がすぐできるなど生活と地続きに演劇があり、本番に向けて潤沢な稽古を積ませてもらえる。ここで上演した作品は印象深く残っている」
会社員辞め、故郷で「夢」求めて
松浦さんは都市銀行や東京のコンサルティング会社で計8年半働いた。しかしやりがいを見いだせず、虚無感に襲われて故郷の三重県四日市市に戻った。そんな時、会館を運営する県文化振興事業団の職員募集を知った。下見で訪れた会館で「ここには人を笑顔にして元気にする夢がある」と感じ、この世界に飛び込んだ。
三重の演劇文化を盛り上げようと、試行錯誤を繰り返してきた。民間の小劇場・津あけぼの座(津市)と手を組みそれぞれが招いた地方の劇団の公演をはしごで楽しめるようにしたり、県内の飲食店で料理とリーディング公演を楽しめるイベント「M―PAD」を立ち上げたりした。今では、全国の演劇関係者の間でも「三重の松浦さん」と話題に上るほどだ。
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文化芸術を生かした地域貢献にも取り組む。
演劇の手法を認知症の人の介護に生かす俳優・介護福祉士の菅原直樹さん(36)=岡山県=の活動に注目。17年度から菅原さんを講師に招いてワークショップを開く。
6月7日。高田短大(津市)で介護福祉士を目指す学生たちが、「介護に寄り添う演技」を体験した。認知症のお年寄りの立場を疑似体験する場面では、5人が1グループになり、4人が夏休みの計画や宝くじに当たったら何に使うかなどについてわいわいしゃべる中、お年寄り役の1人が脈絡のない一言を台本に沿って読み上げた。
お年寄り役を演じた学生は「だれも自分に振り向いてくれず、つらかった」。ほかの4人も「仲間はずれにしたみたいで嫌な気持ちになった」と振り返った。講師の菅原さんは「感情に寄り添うとき、それが演技になる。適切な対応をしてください」と呼びかけた。
実習で、認知症のお年寄りと接した経験のある祝(いわい)彩菜さん(19)は「話を否定するのではなく、肯定して受け入れることも大切だと実感した。演技をすることもいいことなのかなと思います」と話す。
松浦さんは「高齢化など地域が抱える課題に役立てる事業を立ち上げて、より多くの県民の皆さんに愛される会館にしたい」と意気込む。(小林裕子)