◇名手、永田鉄男のカメラが捉えたそれぞれの想い
フランソワ・デュペロン監督のフランス映画「うつくしい人生」(99年、日本公開は02年)を見た方も多いだろう。フランスの田舎町を舞台に、牧畜を営む一家の青年と子供2人を抱えた女性の物語である。地味な公開だったが、人生で大切なものは何か、どう生きていくか、穏やかだがじっくりと考えさせられる、素晴らしい作品だった。その映画の撮影監督が日本人の永田鉄男である。自然の中で根を張って生きる人の姿、自然光を巧みに使った黄金色の大地の美しさ。これほど作品の内容、人の心情を際立たせるカメラは滅多にない。まさに、日本が誇る世界の才能がフランスにいた。
「大停電の夜に」は完成前から、人気、実力俳優が多数出演するなど話題の多い作品だったが、筆者には何より永田鉄男の名前が輝いて見えた。「この人が撮影するならが、たとえシナリオなどに疑問が出たとしても、見るべきものはある」と確信していた。永田はその期待を裏切らないどころか、停電の夜にしか表現できないような、柔らかい灯りに照らされた人たちの思いが詰まった世界を作り上げた。
(c)2005「大停電の夜に」フィルムパートナーズ
都心は大停電の夜でも、非常灯や携帯電話の光、車のライト、ろうそくの炎でうっすらと明るい。そのほのかな明かるさに導かれるように、12人の主な登場人物の物語が交差する。ほの暗い夜に浮かぶ、うっすらとともされた灯り。それが12人の気持ちを穏やかに、素直にして、それぞれのエピソードを包み込む。
終盤、豊川悦司がマスターをしているバーに何人かが集まってきて、それぞれの物語に触れて帰っていく。バーへと続く小道の輝きも見事だが、うっすらと人を照らすカウンターのろうそくの炎も微妙にその人の心情を浮かび上がらせる。美術監督の都築雄二が作り上げたセットが心憎いほど登場人物の気持ちを落ち着かせ、見る側までゆったりとそれぞれの話に浸っていける。
永田のカメラはイエローやオレンジに輝くバーの穏やかな光を映し出すだけではない。闇に浮かぶ病院の壁の白さ、田口トモロヲと原田知世の住むマンションの無機質な青白さ、早朝の人が動き始める前のどんよりとした静けさなど、光と影のそれぞれに絡みつく多彩な色合いを、その透明感や雑然とした色調まで表現していく。
そして、この映画のもう一つの楽しみはキャスティングである。名女優、淡島千景と宇津井健のベテラン、その演技力がさえる寺島しのぶ、田畑智子、圧倒的な存在感で画面が引き締まる豊川悦司、田口トモロヲ、原田知世、演技力に注目が集まる吉川晃司、井川遥など絶妙な配役をそろえた。
(c)2005「大停電の夜に」フィルムパートナーズ
しかも、カリュアード(源孝志+相沢友子)の脚本は、それぞれのカップルや関係に異なるタイミングでストーリの山を作り上げ、そのアンサンブルは絶妙に配置されている。だから、見る側を全く飽きさせない。映画の中で、停電でも場所を移さないのは豊川悦司とそのバーの向かいのローソク店で働く田畑智子だけ。2人はバーでほかの登場人物を迎え入れる役回り。この映画、停電にもかかわらず、人は結構動き回る。それぞれの秘めた想いを語るために、その想いを受け入れるために。
詳しいそれぞれのストーリーは書かない。ぜひ、知らずに見てほしいからだ。あなたに近い誰かを探し、あなたのそばの誰かに似た人を見つけるかもしれない。この映画を見た日の夜、あなたは停電の夜が待ちきれずに、部屋をローソクの灯りだけにして、自分の物語を語り出したくなるかもしれない。そんな、心地よい気分を味わえる良質のエンターテインメント作品である。
そういえば、タイトルは一文字違いだが、ピューリッツアー賞やヘミングウェイ賞を受賞、日本でもベストセラーになった短編集「停電の夜に」(ジュンパ・ラヒリ著)も、感性を刺激する見事な小説だった。停電はドラマになる、ようだ。【鈴木 隆】
(11月19日から東京・有楽町の丸の内ピカデリー2ほか全国一斉ロードショー)
「大停電の夜に」
2005年/日本映画/132分/アスミック・エース配給
プロデューサー:荒木美也子 監督:源孝志 脚本:カリュアード(源孝志、相沢友子) 撮影:永田鉄男 録音:深田晃 美術監督:都築雄二 照明:和田雄二 編集:岡田輝満 音楽:菊地成孔
出演:豊川悦司、田口トモロヲ、原田知世、吉川晃司、寺島しのぶ、井川遥、阿部力、田畑智子、本郷奏多、香椎由宇、淡島千景、宇津井健、品川徹
公式ホームページ
http://www.daiteiden-themovie.com