1997年の2月から5月にかけて神戸市須磨区で起きた児童連続殺傷事件では、小学生5人が当時14歳の少年に襲われ、2人が死亡、3人が大けがをしました。
24日は、小学6年生だった土師淳くん(当時11)の命日で、父親の土師守さん(69)が報道各社に手記を寄せました。
この中で「私たち家族の次男への思いは、28年という年月が経過しても変わることはありません。加害男性からの手紙は今年も届くことはありませんでした。私たちの子供が、何故、加害男性に大事な生命を奪われなければいけなかったのかを知ることは、親としての責務だと思っています」と心境をつづっています。
その上で「加害男性には、自分が犯した事件に真摯に向き合ったうえで、私たちの思いに答えるような対応をして欲しい」としています。
土師さんはNHKのインタビューにも応じ、取り組んできた犯罪被害者への支援を求める活動について「自分が経験した苦しい思いをほかの人がしないようにと活動してきた。当時と比べると支援は充実してきたが、まだ課題はたくさん残されている」と話しました。
土師さんは国が「犯罪被害者庁」を設立するなどして被害者の生活支援や経済補償などを一元的にサポートする体制を整える必要があるとした上で「被害者といってもその状況はさまざまで、100人いれば100通りあると思う。それぞれに合った支援を考え、きめ細かに対応していくことが最も重要だ」と話していました。
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