オープンソースの軽量Webブラウザ「Firefox」の正式公開は,IT専門メディア以外の,世界の様々なメディアが取り上げた。米CNN,英BBC,米Los Angels Times,米Financial Timesなど。カタールの衛星テレビ局 アルジャズィーラのWebサイトでも報じている。
記事の論調は「Microsoftへの挑戦」(CNN),「FirefoxがMicrosoftと対決」(BBC)といったものが多い。しかし,かつてWebブラウザといえばFirefoxの前身であるNetscape Navigatorのことを指す時代があった。そのNetscape NavigatorがInternet Explorerに敗れた理由はなんだったのだろう。Firefoxはその敗因を克服することができたのだろうか。
Netscape Navigatorの敗因は「開発力」
Webの普及が始まったころ,WebブラウザとはMosaicであり,Mosaicの開発者たちが設立したNetscapeのNavigatorであった。MicrosoftのInternet Explorerは後発で,しかも動作も遅く機能的にも遅れたWebブラウザに過ぎなかった。
そのInternet Explorerが普及した最大の理由を,Windowsにバンドルされていたことだと考える方は多いだろう。しかし,筆者はそれは理由のひとつに過ぎないと考えている。バンドルされていたために,選択肢として土俵に上がることができたのは確かだが,それだけでNetscape Navigatorを上回るユーザーを獲得できたわけではない。
実際,1990年代の半ばに,Netscape Navigatorはさほど不利な状況にあったわけではない。パソコン・メーカーがPCにNetscape Navigatorをプリ・インストールしていたし,雑誌付録のCDやインターネットからでもNetscape Navigatorは簡単にインストールできた。記者の取材でも,多くの企業がNetscape Navigatorを標準のWebブラウザとして指定していた。情報システム部門の技術力が高い企業ほどその傾向があった。Webを初期から企業情報システムに採用していたし,Internet ExplorerのActiveXコントロールにセキュリティ面での懸念を抱いていたからである。
それではなぜユーザーはInternet Explorerを選ぶようになっていったのだろう。理由は「開発スピード」だったと記者は考えている。Microsoftは心血を注ぎ,Internet Explorerを改良した。Internet Explorerの動作は向上し,CSS[用語解説] などの新機能の実装も迅速だった。
Windows版だけ開発すればよいMicrosoftと違い,NetscapeはWindows以外にもUNIX,Macintoshをサポートせねばならず,開発リソースが分散するという不利な面もあった。だが,それ以上にNetscapeが「開発スピード」の面で苦境に陥った要因がある。OSのような「プラットフォーム(基盤ソフトウエア)」を目指すNetscapeの方針が,ソフトウエアの肥大化,重量化を招いたのである。この結果,軽快に動き,機能も増えたInternet Explorerに,多くのユーザーが乗り換えていった。
ソースを公開するだけでは開発者の支持は得られない
Microsoftに追い上げられたNetscapeは,打開策として,Netscape Navigatorのソース・コード公開を決意する。Linuxの成功に倣い,コミュニティの力を借りて開発リソースを補おうと考えたのだ。それが98年4月に公開されたMozillaである。
しかし,この選択は,短期的にはNetscapeの開発陣に混乱をもたらした。社内開発を前提にしていたソース・コードを,社外の人間が読めるようにするために労力が取られたとされる。しかも公開されたソース・コードはあまりに巨大すぎ,外部のエンジニアがそれを理解するには長い時間を要した。
その後,98年11月にAOLがNetscapeの買収を発表したが,Navigatorの開発はさらに停滞し,ユーザー離れが続く。Internet Explorerは一時は90%を超える高いシェアを占めるようになった。
Mozillaが公開されて一年後,中心的なエンジニアだったJamie Zawinski氏は「オープンソースという魔法の粉を振りかければすべてがうまくいくわけではない」という苦渋に満ちた言葉を残してNetscapeを離れている。2003年7月にAOLはMozillaの開発チームを「Mozilla Foundation」として分離。基金として200万ドルを寄付した。
セキュリティ問題で停滞するInternet Explorer
そうこうするうちに,圧倒的なシェアを得たInternet Explorerのセキュリティ面での問題がクローズアップされてくる。Internet Explorerのセキュリティ・ホールを悪用し,Webページを閲覧しただけで感染するウイルス「Nimda」が発生したのは2001年9月。マイクロソフトが運営するMSNに感染,MSNを見たユーザーが次々と感染するという事態が起きた。その後も次々とInternet Explorerのセキュリティ・ホールが発覚,それを標的にするウイルスが出現した経緯は,IT Pro読者の皆さんもご存じの通りである。
被害を間近に見たユーザーにはInternet Explorerに対する拒否反応が起きる。セキュリティ専門家もInternet Explorer以外の選択肢の必要性を指摘した。2004年6月には,米国のセキュリティ対応機関CERT/CCが,Internet Explorerのセキュリティ・ホールへの対策の一つとしてInternet Explorer以外のWebブラウザの使用を推奨したことが話題になった。
Refsnes Dataによれば,2001年3月に88%を占めたInternet Explorerはのシェアは,2004年11月に74%に低下した。NetscapeとMozillaを合わせたシェアは2001年3月で7.6%だったが,2004年11月には20.3%になっている。
そして2004年11月9日,Mozilla FoundationはFirefoxをリリースする。肥大化したNetscape Navigatorの反省として,Webブラウザ機能を切り出した軽量のソフトウエアだ。Mozillaの次世代プロジェクトとして開発されてきたFirefoxは,Internet Explorer以外の選択肢を探すユーザーに注目された。11月9日の正式リリースから15日までの間に,Firefoxは約367万回ダウンロードされたという。 |