◇こだわったのは、原作の精神とリアリティ
コミック総売上げ3900万部を誇るしげの秀一原作の「頭文字<イニシャル>D」。それを実写化した香港映画『頭文字D』が、いよいよ9月17日より日本でも公開される。先に封切られた香港では、歴代オープニング興行成績第2位を記録するヒットとなっている。メガホンをとったのは、映画「インファナル・アフェア」シリーズの監督、アンドリュー・ラウとアラン・マックのコンビだ。
映画化にいたるそもそものきっかけは、コミック連載が開始された1995年に、マック監督がそれを読んだことだった。
「中国の武侠映画に近いものを感じました。たとえば、主人公が才能を持ちながら、それに気づいていないところなんかがそうですね」
「武侠小説に出てくる刀や武器が、この作品では車に重なる。その面でも似ていると思います」そう補足するのはラウ監督だ。
しかし、当時は映画化されることなく、やがて10年の歳月が流れた。その間漫画は着実に巻数を重ね、今年6月に発売されたコミックで31巻を数えた。原作が長くなればなるほど、どの部分を抽出するべきかで悩みそうだが、当のマック監督の苦労はそれほどでもなかったようだ。
「漫画を開いて、いちばん面白いところを選び、それらをまとめてひとつにした。それだけで素晴らしい内容になりました」
ラウ監督が続ける。
「原作が本当に素晴らしいので、とにかくそれを変えたくなかった。たとえば小道具にしても、舞台となる(主人公・藤原拓海の実家である)豆腐屋や、(アルバイト先の)ガソリンスタンド、レース場となる峠道にしても、原作に忠実に撮るようにしました」
だから当然、撮影は日本で行なわれた。しかし、日本の撮影規制は海外に比べ厳しいといわれる。「この作品を撮る時、周囲の人たちからは日本では撮らないようにと言われました」と明かすラウ監督。
「でも私たちは、できる限り日本で撮りたいと最初から決めていました。そうでなければ、原作の精神が失われてしまうからです」(ラウ監督)。
2人がこだわったのはそれだけではない。レースシーンではリアリティを追求し、CGを一切使わずに撮影した。
かくして、「命がけで撮ったレースシーン」(ラウ監督)では本物の疾走感を体験でき、その一方で、拓海とヒロイン・茂木なつきの淡い恋心や、拓海を取り巻く“走り屋”たちの車に懸ける情熱が、ひしひしと伝わってくる青春ドラマに仕上がった本作。それが封切られる前から続編の話を持ち出すのは時期尚早の気もするが、マック監督曰く、「レースシーンでは、私たちが持っている技術を使い切ってしまった。しかし、原作の要素をまだ映画に盛り込めていない部分はあるので、今後、新たな表現方法が見つかったら、ぜひ撮りたい」そうなので、ファンの方はひとまずご安心を。
ところで、ひとつ懸念されるのが、若者以外、とりわけ、中年のおじさん、おばさんの目には、ここに登場する若者たちがまっとうな生き方をしているとは、なかなか映りづらいことだ。なぜなら彼らは、車の通らない深夜の公道とはいえ、制限速度を何十キロもオーバーするスピードでレースをするような輩(やから)たちだからだ。そういえば、2人の前作「インファナル・アフェア」も、人の道から少しはずれた人間が主人公だった。
そういう人間に「興味がある」と、マック監督は言う。
「人間というのは、いい面もあれば悪い面もある。100%正義の持ち主というのは、たぶん、どこかで作った部分があると思う。善人だって、時には自己中心的な考えを持っていたりするものです。それが、人間の本当の姿だと思うのです」。
このマック監督のコメントを聞いても、まだ食指の動かない方のために、ラウ監督からのメッセージをお伝えしておこう。
「この映画を見ながら、自分が高校生だったときのこと、友達のこと、初恋のこと、そうした青春時代を思い出して欲しい」
本作が、単なる車好きの若者のカーバトル映画と言い切れないのは、そこに、友情、恋、ライバルに対する競争心、そして、親子愛までもが描かれているからだ。2人の監督が語るメッセージはもちろん心に留めておいていただきたいが、筆者個人としては、ぜひ、拓海の父親、アンソニー・ウォン扮する藤原文太の“親父力”に注目していただきたいと思う。(敬称略)【文/りんたいこ】
【作品データ】
『頭文字<イニシャル>D』INITIAL D9月17日より、新宿シネマミラノ他全国にて公開
監督:アンドリュー・ラウ、アラン・マック 「インファナル・アフェア」シリーズ
出演:ジェイ・チョウ、鈴木杏、エディソン・チャン、ショーン・ユー、アンソニー・ウォン
2005年/香港/上映時間109分/ギャガ・コミュニケーションズ配給
公式サイト
http://www.initial-d.jp/index2.html
2005年9月13日