◇フィンランド科学アカデミー外国会員 中嶋博・早稲田大学名誉教授
学力とは何か。日本の子供たちの学力を高めるにはどうしたらいいのか。昨年末に公表されたOECD「生徒の学習到達度調査」(PISA2003)、国際教育到達度評価学会(IEA)の国際数学・理科教育調査(TIMSS2003)の結果をきっかけに、日本の教育についての議論が盛んになり、現行のゆとり教育や総合的な学習の時間への批判が高まった。PISAでは、フィンランドが学力トップを維持し、北欧の国々も学力が高い。違いは何なのか。フィンランドの教育に詳しい中嶋博・早稲田大学名誉教授に聞いた。【平野秋一郎】
◆第2回 日本の教育で改善すべきこと◆
--どのような改善が必要ですか。
「生きる力」を身に付けさせること、そして、全体の学力の底上げを図ることが緊急の課題だと思います。単に授業時数を増やしただけで、問題が解決するということは考えられません。「学校週5日制」はすでに国際的な常識です。やっと築いた「週5日制」です。これは堅持しなければなりません。文部科学省が「学校や市町村の裁量」という形で、土曜日の授業実施を容認しようとしていることにも疑問がありますね。
--改善すべき方法は違うと?
PISAの結果で示された問題は、日本の場合、得点のばらつきが見られることです。成績上位層と下位層の差が大きい。今回調査で、日本は「読解力」の落ち込みが最も激しかった。「読解力」は参加国の中で最大の下げ幅でした。低下の要因は、得点の低い層が大幅に増えたことにあります。これが大きな問題なんです。日本の「読解力」の低下について、英字新聞が「最上位層(Best)と最下位層(Poorest Performer)のギャップの拡大が原因」というOECDの見解を載せていました。この言葉は象徴的ですね。得点を「レベル5」から「レベル1」「レベル1未満」の6段階に分けた場合、日本の「レベル1未満」は7.4%で、前回の2.7%を大きく上回りました。加盟国平均の6.7%をも超えています。フィンランドの「レベル1未満」は1.1%、韓国は1.4%で、ここに大きな違いが見られます。
--読解力が落ちてた生徒が増えている?
OECDは「読解力」を「書かれた文章を理解し、知識を高め、社会生活に生かす能力」と定義していますが、日本はこれが前回の8位から14位に転落しています。日本の子供たちが文章を読み、論理的に考え、表現する能力が落ちていることがはっきりしました。活字に触れつつ考える時間の絶対量が不足していることが「読解力」の低下をもたらしていると思います。これは断言してよいと思います。
--忙しくて本を読む暇もないのか、読書が嫌いなのか?
2000年のPISAで顕著だったのは、日本の生徒は男女ともに「読書が楽しいものになっていない」ということでした。放課後の読書時間が極めて短いことも国際的に問題になりました。今回調査でも、読書時間は参加国の平均よりもうんと低かったですね。しかも自宅での学習時間は最短です。それなのに、テレビやビデオを見る時間は最も長かった。では、家の手伝いをしているかというと、その時間も少ない。それが日本の生徒の特徴です。こうした勉強の嫌いな、学習嫌いの子供たち、一言で言えば「やる気のない」者が増えている現状を是正すること、底辺の子供たちの学力を引き上げることが緊急の課題だと思います。国語力の強化が、他の学力、あるいはPISAで言うリテラシーを向上させることは間違いないと思っています。
--具体的にはどうすればいいのでしょう。
文部科学省は「読解力」低下の原因として、「読書量が落ちている」「自分の意見を述べたり書いたりする授業が不足している」などを挙げて、「教育現場に朝の読書の一層の拡大を促す」と言いました。だが、そうでしょうか。今、批判の対象にされている「総合的学習の時間」こそ、読書や表現などについて学ぶために設けられたのではないでしょうか。朝の読書を全国1700校がやっているということですが、一律、強制的に本を読ませて、本当に読書が好きになるのでしょうか。逆も考えられますよ。
--情報化の時代には表現する力が大事だと、プレゼンテーションなど学習に力を入れている学校もあります。
文化審議会の国語分科会の報告書には「情報化時代の国語力強化」がうたわれていて、そこでは「手書きが重要」と指摘しています。これは重要なことですね。フィンランドの新しいABC読本は、言語技術の本とされていて、筆順を初めとして、基礎・基本が徹底的に学べるようになっています。
--日本の子供たちは家でも本を読まなくなっているようですね。
不況で家計が苦しくなって、家計費の削減のために新聞の購読を打ち切るような事態が今、起きています。これは大きな問題です。新聞を読まなくなれば、子供の国語力が低下するのは明らかです。教育はこのような財政的な問題を離れては考えられないんです。特に学力、教育の問題は福祉の問題でもあります。教育を福祉の問題を含めて総合的にとらえる必要があります。塾に通える子供と、そうでない子供の格差が大きくなっていると指摘されていますが、識者はそのギャップが家庭の経済的背景と大いに関連があると言っている。つまり学力、教育の問題は福祉の問題を入れて、総合的にとらえ直す必要があるということです。そうでないと、「ギャップの拡大」はますます広がります。
--学力の低下は「ゆとり教育が原因」という論が広まっていますね。
PISA結果が公表されると、マスコミは一斉に「ゆとり教育が裏目に出た」と報じました。解説、論説で、ゆとり教育の見直し、「脱ゆとり教育」すなわち授業時間の増加が緊急課題だと述べていました。しかし、性急にゆとり教育批判をする前に、何のために、「ゆとり教育」が導入されたのかを考える必要があるのではないでしょうか。「ゆとり教育」はまだ、定着していないし、十分に生かされていません。それなのPISAの結果を十分に評価せず、表面的な数字だけ見て方針を変えるということは、厳に慎まなければならないことだと思います。
--「総合的な学習」への批判も高まりましたね。
総合的な学習には「教科書がないから教えられない」という現場の声があります。しかし、それを受けて新聞などが「総合的な学習」をやめるべきだと訴えるのは、論外だと思いますね。