右脳を損傷すると左半身の自由がきかなくなることは、経験的に知られている。なぜわざわざ逆転しているのだろう。
これは、大脳からの指令を運動神経が筋肉に伝える際、それを中継ぎする神経が体の中心線を境に「交叉(こうさ)」しているためだ。理化学研究所脳科学総合研究センター(埼玉県和光市)の岡本仁グループディレクターによると、ハエも魚も人間同様「体の中心線を1回だけ横切る決まりがある」という。
なぜ1度だけなのか。
受精卵から脳が作られる段階で、神経細胞は「軸索」と呼ばれる腕を伸ばし、他の神経とつながろうとする。その際、一部の軸索の先端は、中心線付近から分泌される「ネトリン」というタンパク質に引き寄せられる。
ネトリンに誘われて中心線を横切ると、今度は中心線付近から「スリット」という物質が分泌される。これが軸索の先端が戻ってくるのを阻むらしい。
神経がすべて交叉しているわけではない。例えばヒトの視神経は半分だけが交叉する。つまり視野の左半分の情報を右脳で、右半分を左脳で処理している。これを「半交叉」と呼ぶ。
魚は、体の左側をつつかれると、右側に体を丸めながら逃げる。左半身の刺激は脊髄(せきずい)に伝わり、一度だけ交叉する神経を介して右の運動神経に伝えられる。その運動神経が右半身の筋肉を収縮させているのだ。「とっさに危険から逃げるためには神経交叉が合理的。進化の過程でこの仕組みが発達し、ヒトにも受け継がれたのだろう」と岡本さんはいう。【元村有希子】
毎日新聞 2005年11月30日 東京朝刊