「キスしていいですか?」--。ニートたちを支援するNPO「ニュースタート事務局」の活動の一つ、家庭訪問して引きこもりを引き出す活動を紹介する本「レンタルお姉さん」(荒川龍著、東洋経済新報社)の冒頭に、刺激的なエピソードとして登場する。
ひきこもりのニートの男性(25)を宿泊訪問した明け方。耳元でそうささやかれ、「何寝ぼけてんのよ」と悲鳴一つ上げずに切り返した。布団の中で動悸(どうき)を感じながら、青年の関心が外へ向き始めた手応えを実感した。
04年に会員制ラウンジのホステスから「レンタルお姉さん」に転じた。「夜の世界でナンバーワンになり、自分でこれだと思う仕事がしたい」とこの仕事を選んだ。
接触は、手紙、電話、訪問の順で進む。「拒否されることから始まります」と笑う。部屋のドアに向かい、聞いているのか聞いていないのか分からぬ相手に話し続ける。ドアから出てきても会話にならない。ひげや髪を切っても無反応で、払いのけもしない。アニメに夢中のニートを食事に誘えば、自室にこもってしまう。無言の拒否。それでもめげずに話す。
相手を引き出して、寮生活など次につなぐまでが仕事。責任を持つのはそこまで。仕事の9割は心底しんどいが、次へ踏み出した一歩を見た時に報われた気持ちになる。
「彼らも決して今のままでいいとは思っていない。『NO』の中にある『YES』を信じている」。頑張らず、あきらめずの訪問が続く。 【東海林智】
【略歴】川上佳美(かわかみ・よしみ)さん。島根県出雲市生まれ。団体職員、ホステスなどを経て、ニートを引き出す活動を始める。神戸市を拠点に、全国を飛び回る。31歳。
毎日新聞 2006年6月8日 0時17分