三十数年前、建設業の夫とともに、東京から秋田県南部の雪深い十文字町(現横手市)にやって来た。「嫁入り道具として携えた」漢字かなタイプが本業になろうとは当時は無論、思いもしなかった。長男が生まれ、「生活費の足しに」と始めたタイプ印刷に多くの注文が舞い込んだ。
同人誌など定期刊行物も任されるようになり、ならばと、商工会の低利融資資金600万円を借りて本格的な印刷機をそろえた。以来30年。自ら始めた地域情報誌「あっちこっち」で出来た人脈やマスコミで話題になった人をつかまえては「本にしてみない?」。これまでに刊行した本は300冊を超える。
他国農業の現状を伝える「異国を行く-百姓の目で見る」は、現在の農民が幅広い勉強をしている様子が分かり、がん患者の記録「生と死の狭(はざま)で」には自殺率1位の秋田の一端が垣間見え、「秋田はラテンだ」は実は明るい秋田人気質が読み取れる。全国1000社と言われる地域出版社の中でもローカリズムの特徴を伝える出版物を出し続けている。「出版を通して、この地方の人たちの生き方を伝えることができた」という。
本の売れ行きが悪く、赤字が累積しても持ち前の下町っ子気質で乗り切ってきた。出版だけでは飽き足らず、著名人を招いての講演会を企画したり、文化交流の場として「ナンの館」を2年前にオープンさせた。北国の「元気印ナンバーワン女性」である。【清水光雄】
【略歴】泉谷 好子(いずみや・よしこ)さん 東京都葛飾区育ち。秋田県で「イズミヤ印刷」を設立し、印刷、出版業を営む。夫と長男の3人暮らし。長女は結婚し米国に在住。60歳。
毎日新聞 2006年6月18日 0時49分