世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)は、実質的な交渉期限とされる今月末までに、大枠で合意することが必要だ。しかし、主要国の閣僚会合は決裂し、交渉全体が長期凍結を余儀なくされそうな情勢だ。
危機的状況にあるにもかかわらず、緊迫感が薄く、仕方がないという雰囲気すら漂っている。貿易自由化をめぐる交渉の主体が自由貿易協定(FTA)に移っており、多国間で交渉を繰り返し、手間と時間がかかる新ラウンドへの関心が低下している。
世界的な景気回復により先進国、途上国を問わず経済成長が続き、貿易量が拡大していることも影響しているようだ。特に、長期にわたり低迷していた天然資源など1次産品の価格が急騰し、資源を持つ途上国を潤している。
とはいえ、多国間で貿易ルールを強化する努力を放棄していいわけはない。FTAでは、関税撤廃などの貿易障壁の削減は、協定を結んだ国・地域の間に限定される。協定を結んだ同士では、貿易だけでなく投資などの分野でも改善が見込まれ、経済の効率性の向上が期待できる。しかし、協定の対象外となった国・地域に対しては、自由化の利益が及ばないどころか、貿易量の減少という形で打撃を与えることになる。
さらに、原産地規則の問題もある。FTAの場合、協定を結んだ国・地域の製品と、それ以外の国・地域の製品と区別するため原産地規則がつくられる。しかし、この規則はFTAごとに違っている。FTAがどんどん進められ、世界中がFTAの網の目に覆われたとしても、貿易へのわい曲効果はなくならない。
新ラウンドが難航しているのは、前回のウルグアイ・ラウンドの時と同様に農業分野の交渉を打開できないからだ。欧州連合(EU)の輸出補助金、米国の国内助成措置、日本など食料輸入国の高関税が三つどもえになって、それぞれ、相手の削減努力の不足を非難しあっている。
さらに、先進国の農業保護の大幅な削減が行われない限り、鉱工業製品の関税率の引き下げは受け入れられないというブラジルなどの途上国も加わって、こう着状態が続いている。
月内の大枠合意が整わないと、米政府が議会から与えられている交渉期限に間に合わなくなってしまうという。米政府が議会から交渉権限を新たに認めてもらうには、かなりの期間が必要で、そうなると、新ラウンドは長期凍結とならざるを得ない。
WTO体制の強化は、世界経済の健全な発展のために不可欠だ。特に日本の場合、中国や韓国との2国間での自由化交渉は、政治問題が絡んで一筋縄ではいかないことが多い。こうした摩擦を避け、実を取るためにもWTOによる多国間ルールを整備し、活用できるようにしたい。
残された時間は少ないが、あきらめず、合意に向けて全力を尽くすべきだ。
毎日新聞 2006年7月4日