携帯電話などに使われている記憶装置「フラッシュメモリー」を発明した東芝の元社員で東北大電気通信研究所の舛岡富士雄教授(63)が、特許権を会社に譲渡した対価の一部として約11億円の支払いを求めた3件の訴訟は27日、東京地裁(設楽隆一裁判長)で和解が成立した。東芝が和解金として8700万円を支払う内容。
訴状などによると、舛岡教授は東芝在職中の80年と87年、パソコンなど機械内部で使われる「NOR(ノア)型」と、デジタルカメラのカードをはじめとするコンパクトフラッシュなどの外部記憶装置として使用する「NAND(ナンド)型」の2種類のフラッシュメモリー半導体を発明。特許権を譲り受けた東芝は国内だけで41件の特許を取得した。
舛岡教授側は「他の企業から受け取った特許使用料や製品の売り上げなどで、東芝は少なくとも200億円の利益を得た」として、本来受け取るべき発明の相当対価は80億円だと主張。その一部を請求していた。
東芝側は訴訟で「舛岡教授の発明は単なる改良発明で、問題の特許によって得た利益はない」と反論し、争っていた。
フラッシュメモリーは電源を切っても記憶したデータが消えず、一つのトランジスタで書き込みや消去ができる半導体集積回路。パソコンやデジカメ、携帯電話のほか、車やクーラー、洗濯機など幅広く使われ、市場規模は1兆円を超す。
【高倉友彰】
◇背景
「(発明者が報われなければ)日本は技術開発力が低下し、技術先進国から転落する」--。2種類のフラッシュメモリーを発明し、その対価として10億円を求めていた東北大電気通信研究所の舛岡富士雄教授(63)は、これまで一貫して、技術者の地位向上を訴えてきた。
フラッシュメモリーは、情報を記憶する「メモリー」と呼ばれる半導体の中でもっとも普及し、将来も有望視されている記憶部品だ。繰り返し書き込みや消去ができ、省電力でコンパクト。デジタルカメラや携帯電話、携帯用音楽プレーヤーなどに欠かせない記憶媒体で、市場規模は世界で2兆円を優に超えるとされる。
発明者である舛岡教授がフラッシュメモリーの基本特許を出願した80年当時、勤務先の東芝はこの技術にそれほど関心を寄せていなかった。舛岡教授は工場の製造ラインを管理する中間管理職。「フロッピーディスクのような磁気テープで記憶する技術を完全に置き換えるメモリーを作りたい」という一心から、本業の合間をぬって研究を進めたという。
87年、念願の研究所復帰を果たし、この技術を学会で発表したことが契機となり、東芝の事業と位置づけられた。
会社側は舛岡さんの功績に対して、技術職のトップである「技監」への昇進で報いることを提案したが、舛岡さんは研究を続けるポストにこだわり、94年、東北大教授に転身した。
舛岡さんは「日本の企業は5年先、10年先に世界を変えるような才能を評価し伸ばすことができない。このままでは技術開発力が低下し、技術先進国から転落する」と主張し続けてきた。東北大では、フラッシュメモリーの技術をさらに進める研究に取り組んでいる。
こうした功績はむしろ海外で認められてきた。97年にはIEEE(米国電気電子学会)の賞を受賞。05年には英経済誌「エコノミスト」からイノベーション賞を受けた。
舛岡さんは提訴当時「発明がなければ企業は利益を得られない。そのことを訴えたい」と語っていた。技術者の功績にどう報いるかは今も企業にとって模索すべき課題として残っている。【元村有希子】
ことば 「フラッシュメモリー」
デジタルカメラ、デジタル携帯音楽プレーヤーなどに幅広く使われている記憶媒体。小型化でき、データをメモリー内部に読み書きする速度が速く、衝撃に強いのが特徴。東芝によると、05年の全世界の市場規模は約1兆3000億円と前年の1.5倍に拡大し、08年には2兆6000億円程度に成長する見通し。米調査会社のアイサプライ社の調べでは、東芝の世界出荷シェアは約25%で、韓国サムスン電子に次ぐ2位。
毎日新聞 2006年7月27日