この10日間、世論を揺り動かした主役は自民党総裁候補ではなく、昭和天皇だった。先週の毎日新聞の世論調査で、次期首相の靖国神社参拝に賛成が33%に落ち込み、反対は54%に達した。1月の調査では賛否とも47%だった。先週の朝日新聞の調査では賛成20%に対して反対60%。「首相の参拝の是非を考える上で、靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していた昭和天皇の発言を重視しますか」という朝日の設問に対し、「大いに重視」(24%)と「ある程度」(39%)の合計は63%だった。
激動の昭和史を生き抜いた前天皇は国際情勢に関心が深く、しかも鋭い政治センスの持ち主だった。終戦の「聖断」はもとより、「国政に関する権能を有しない」ことになった新憲法下でも、戦後復興、冷戦下の単独講和、日米安保条約、日中国交回復など基本政策を定めるにあたり、国民を束ねる文字通りの象徴であり続けた。
終戦直後の侍従次長のメモによれば、昭和天皇は近衛文麿(太平洋戦争開戦直前の首相)を「人気を考え過ぎて勇気を欠いた」と腐した(木下道雄「側近日誌」)。鈴木貫太郎(終戦時の首相)と米内(よない)光政(同海相)については「政治的技術においては近衛に及ばなかったけれども、大勇があったのでよく終戦の大事を成し遂げた」とほめた。首相の資質として器量、勇気、胆力を重視している。
自民党総裁候補たちの器量はどうか。民主党と区別がつかなくなったスマートな面々が、アジア外交や財政再建を語ってさわやか笑顔を競うほど、人物が小さく見えるのは錯覚か。
毎日新聞 2006年7月31日