世の中には「お金を稼ぐより正しく使う方が難しい」ということがあるようだ。私など何も考えなくてもお金の方からさっさと消えてくれるので使う方の苦労はないが、世界一の大富豪ともなれば話は別らしい。
マイクロソフトのビル・ゲイツ氏は現代の英雄である。先月、2年後に引退し慈善事業の財団の仕事に専念すると発表した。第2位の富豪、ウォーレン・バフェット氏がゲイツ氏の財団に私財を寄付するという。世界1、2位の大金持ちが結束した慈善団体の資金は約600億ドルになる。それに次ぐフォード財団の5倍以上、米国の年間ODA(政府開発援助)のやはり5倍以上あり、巨大な政府に匹敵するという。さて、どういう使い方をするか。喜文康隆氏の指摘が興味深い。
かつて富の蓄積と配分は一国内で完結したが、グローバル化した今では国内だけで考えるわけにはいかない。ゲイツ氏の財団が国境を超えて貧しい国の健康や教育を支援するのは、世界の変化に対応する道だろう。だが「巨大財団という国家を超える新しい権力」の行使にあたっては、その正当性をしっかり考えなければならないというのが大要である(「経済報道解読ノート」フォーサイト8月号)。
お金あるいは富の再配分は、もともと国民の委託を受けた国家か、国家から委ねられた国際機関の役割と思われてきた。それと同等かそれ以上の仕事をごく少数の人間が行うとしたら……。
お金を稼いで英雄になったゲイツ氏、今度は「お金を正しく使う」ことで新しい世界の帝王になることを目指しているのかもしれない。(編集局)
毎日新聞 2006年7月27日