北海道羽幌町の道立羽幌病院で04年2月、自発呼吸できない男性患者(当時90歳)が人工呼吸器を外されて死亡した事件で、旭川地検は3日、殺人容疑で書類送検されていた担当の女性医師(34)を嫌疑不十分で不起訴処分とした。延命治療中止を理由に医師が殺人容疑で立件された全国初の事件で、地検の判断が注目されていた。
地検は女性医師や遺族などからの聴取のほか、別の病院の医師数人にカルテや司法解剖結果の鑑定を依頼。この結果、患者は、呼吸器を外す前から血圧低下が著しく「呼吸器を外さなくても間もなく死亡していた」との複数の医師による鑑定が出た。地検はこの鑑定結果を重視。「呼吸器を外す直前における被害者の余命は十数分だった可能性を排斥できない。取り外し行為によって死期を早めたと断定できない」として、呼吸器外しと患者の死亡との因果関係を立証するのは困難と判断した。
男性患者は04年2月14日午後1時ごろ、食事がのどに詰まり心肺停止状態で同病院に運ばれ、人工呼吸器を装着された。女性医師は「脳死状態で回復の見込みはない」と人工呼吸器を外すことを家族に提案し、翌15日午前10時40分ごろ、人工呼吸器のスイッチを切った。患者は蘇生後脳症で15分後に死亡した。
調べに対し、女性医師は「治療を続けても回復は難しかった。家族の負担も考え、同意を得て呼吸器を外した」と供述していた。道警は、女性医師が独断で人工呼吸器を外した▽本人の意思を確認せず、家族への病状の説明も不十分だった--として昨年5月、殺人容疑で書類送検した。
地検は、延命治療中止を許容するため「患者は不治の病で末期状態」「患者の意思表示がある」などの要件を示した東海大安楽死事件判決(95年3月、横浜地裁)などを考慮し、最高検とも協議。この間の今年3月に富山県の射水市民病院で患者7人が人工呼吸器を外されて死亡していた問題が発覚し、結論までに送検から1年3カ月を要した。【遠藤拓、渡部宏人】
▽甲斐克則・早稲田大学法科大学院教授(刑法、医事法)の話 予想された判断だ。呼吸器の取り外しが死に直結した明白な事案でなければ、公判で争うのは困難と判断したのだと思う。
呼吸器の取り外しを誰が判断したかや、患者の意思を酌んだかなどは富山県射水市のケースでも問題になっている。延命治療中止の可否をどう判断するか本件でははっきりせず、課題は残る。さらに議論を深めていく必要がある。
毎日新聞 2006年8月3日