検察が女性医師(34)を不起訴処分とした北海道立羽幌病院の人工呼吸器外し事件は、延命治療をどこまですべきかを医療現場に改めて問いかけた。物理的な延命技術が進歩する一方で、治療中止を巡る法整備や公的指針はなく、現場の医師も患者・家族も戸惑いを隠せないのが実情だ。
事件の現場となった道立羽幌病院の奥雅志(ただし)院長は「不起訴を素直に受け止める。それ以上のコメントはない」と話した。道の道立病院管理局は「警察と地検が約2年かけて捜査した結果で、率直に受け止めたい。終末医療のルールは全国統一が望ましく、国の検討を待って対処したい」としている。
医師の出身地、北見市の「留辺蕊ロータリークラブ」の元会長、長谷川政司さん(73)は不起訴を嘆願する署名1万3834人分を昨年8月、旭川地検に提出した。「患者によかれと思ってやった行為で、不起訴は当然だ」と話した。
患者の長男(羽幌町在住)は昨年6月ごろ、嘆願運動の力になりたいと長谷川さんに連絡した。親族内で意見がまとまらず、署名には参加しなかったが、今年3月の毎日新聞の取材に「先生の対応には納得している」との心情を明かしていた。
高齢者の慢性期医療に取り組む札幌市の定山渓病院は04年11月から、希望する患者や家族にどんな延命治療を望むかを書面で確認している。それ以降に死亡した患者約60人の5分の1が書面を提出したが、人工呼吸器装着や心肺蘇生を望んだ患者はいないという。
厚生労働省の「終末期医療検討会」の委員だった中川翼・同病院長は「医師は治療方針で悩んだら患者側の意思表示に沿って判断すべきだ。どの病院でも通用する表示手段が望まれる」と話す。
厚労省研究班(主任研究者、林謙治・国立保健医療科学院次長)は今年6月、延命治療の中止について「患者の人権を保護する法的整備が必要だ」とする報告書をまとめた。同省は今年度中の指針作りを目指す。
末期がん患者に塩化カリウムが投与された91年4月の「東海大安楽死事件」で、横浜地裁判決は、(1)治療不能で、回復の見込みがなく死が避けられない(2)患者の意思表示(家族が推定してもよい)(3)死期の切迫の程度などを考慮し、自然の死を迎えさせる目的に沿って決める--を治療行為中止の要件とした。
林さんは「延命治療の中止は、患者の希望をかなえる新たな医療行為を認めるかどうか、という問題だ。混乱を避けるためにも新たなルールは必要だ」と話す。
一方、清水哲郎・東北大教授(医療哲学)は「終末期にはさまざまなケースがあり、一律の指針は望ましくない。作るのなら、患者らも参加し、多様なケースを想定したものにしなければ、問題は解決しない」と指摘する。【岸本悠、大場あい、永山悦子】
毎日新聞 2006年8月3日