昭和天皇の発言メモの存在が明らかになったことで、靖国神社に合祀(ごうし)されているA級戦犯の遺族らの気持ちが揺れている。合祀か分祀かの問題だけでなく、昭和天皇の立場を心配したり、名指しされた遺族を気遣う人も。積極的に持論を披露するケースのほか、東京裁判の是非に言及する声もあった。18年前に宮内庁長官が記録した言葉が、戦犯遺族の間にもさまざまな波紋を広げている。【竹中拓実、反田昌平、工藤哲】
■天皇発言に驚き
「陛下は公平無私の存在。メモは公表されるべきものではなかった」。板垣征四郎・元陸軍大将の二男、板垣正さん(82)は、昭和天皇の立場をおもんぱかった。他の遺族の男性も「本当に信頼している人に漏らしたことだろう。公表は陛下の気持ちではないと思う」と語る。
メモには「松岡、白取までもが」と松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使の名前が挙げられた。両家の遺族の一人は「正直驚いた。個人的に問題視されたのではなく、文官がまつられているのはおかしいとおっしゃったんだと思う。良い方向に考えないとやりきれない」とため息をつく。別の一人は「半世紀以上前のこと。何も申し上げることはない」とだけ答えた。
■積極的に持論を
メモ発見を受けて分祀論が強まる中、東条英機元首相の孫の東条由布子さん(67)は、メディアなどで積極的に分祀反対理由を説明している。「祖父のことで、ご英霊の安らかな眠りを騒がせるのは申し訳なく思いますが、既に神になられた方々を現代の人間が、あの人は許すとか、あの人は間違いとか選別するのはおこがましいこと」と述べる。
東郷茂徳元外相の孫で元外務省欧亜局長の東郷和彦さん(61)も今月、雑誌にインタビュー記事が相次いで掲載された。「日本全体の合意があれば従う」と分祀への考えを示している。
■東京裁判は
「反論を認めず、一方的に断罪するなど、東京裁判に問題点はあると思う」。あるA級戦犯の孫で、会社勤めの男性はそう言いながらも「諸悪の根源とされると、遺族としては愉快ではないですが、それで丸く収まり、諸外国が納得してくれるならいいんです」と語る。
男性は学生時代、東京裁判に関し友人と熱く論議することもあったが、職場ではA級戦犯の遺族と知らない同僚が多いという。「歴史の中にフェードアウトできたかもしれないのに、首相参拝、天皇発言メモなど、その度に祖父が歴史から引きずり出される。もう静かにさせて下さい」と切実な願いを口にした。
毎日新聞 2006年8月6日