発見された満州軍の機密文書「発信原稿」からは、日露両国が虚々実々の諜報(ちょうほう)戦を繰り広げ、謀略工作に深く手を染めていた実態が浮き彫りになった。【栗原俊雄】
「露清銀行ハ香港弗(ドル)ヲ買ヒ入レ奉天ニ送ルトノ事ナリ新民屯マテハ多分汽車ナラン新民屯奉天間ニ於(おい)テ之ヲ奪略スルノ工夫ナキヤ橋口ヨリノ報告ハ僅(わずか)ニ一回達セシノミ」
満州軍の諜報参謀だった福島安正少将が1904年11月1日付で発信した電文。露清銀行は満州の植民地開発を目的にロシアが設立した銀行で、日本が現金強奪を計画したことを示す内容だが、実際に行われたかどうかは明確な記述がない。
児玉源太郎総参謀長からロシアの旅順要塞を攻めていた乃木希典司令官率いる第三軍にあてた指令(同年8月19日付)には、「鉄道破壊ノコトハ兎(と)ニ角ヤラセテ見ルモ可ナラン」とある。同日は第1回総攻撃を開始日。総司令部が、なりふり構わず攻略を目指したことがうかがえる。
翌年4月、児玉総参謀長が各軍参謀長にあてた指令では、日本国内の新聞が満州に展開する部隊の編成、配置などを報道していることを挙げ、「記事ガ如何(いか)ニ敵ヲ利スルコトノ大ナルカ(中略)此際(このさい)従軍内地記者ニ対シ(中略)懇切ニ其(その)利害ヲ説得シテ充分ニ彼等ヲ警醒スルノミナラズ此ノ如キ通信記事ハ検閲ノ際容赦ナク之ヲ削除スル」よう指示した。
また、スパイの暗躍に悩んだ大山巌総司令官は、「在満洲ノ朝鮮人ハ露探タルノ疑アル者少ナカラサルニ付此際彼等ヲ駆リ集メテ韓国ニ護送スヘシ」との命令(同10月24日付)を各軍に伝えている。露探とはロシアのスパイという意味。実行されたかどうかは分からないが、朝鮮人の護送手段にまで言及している。
欧州で反ロシア勢力の結集を図っていた明石元二郎大佐に関する記述も。05年1月26日付の電報原文には「明石ヨリ補助金ノ請求アラハ此際断行セラレタレ」と記され、同日付の別の電報原文には「露国内乱ノ気煙益々盛ナラントス、クロパトキンハ軍隊ノ動揺ヲ恐レ之ヲ機密ニ附サントスルニ苦心シツツアル(中略)種々ノ手段ヲ以テ(中略)満州蒙古ノ各地ニ発布スル様尽力セラレタシ」とあった。
毎日新聞 2006年9月1日