仕事場で若い男の記者がよく「うちのヨメが」という。屈託のない言い方に感心し、飾り気のない愛情も感じられほほえましく思う。だが少し気になる。こういう言い方が増えたのだろうか。あちこちで20代の男女にたずねると、「ヨメ」が結構多いそうだ。そういえば先の芥川賞、伊藤たかみ作「八月の路上に捨てる」でも30歳になる脚本家志望の主人公が「嫁」と言っている。関西風の「ヨメはん」や、テレビのお笑い芸人さんの影響もあるかもしれない。
私は1951年の生まれ。20代のころは会費制の結婚式が流行した。結婚は独立した男女がするもの、女性が夫の家に嫁ぐという言葉はおかしい……やや生硬だが、若者にそんな考えが共有されていた世の中だった。
というわけで、私自身は「ヨメ」という言葉は口にしにくい。かといって「配偶者」や「パートナー」はさらに性に合わない。古風に「連れ合い」「家内」というには貫禄不足の気がする。というわけで、なるべく自分からは話題にしない作戦だが、そうもいかないときはドラマ「刑事コロンボ」でおなじみの「うちのかみさん」と言うことにしている。
これに対し妻の方からは「ダンナ」と言うことが多いそうだ。作家の黒井千次氏が先月の日経新聞のコラムでこの「ヨメとダンナ」について「どこか遊びを含む懐古的風潮」と指摘しておられた。なるほどと思う。
言葉の意味は変化している。「ヨメ」という若い人に昔風の家族制度の意識は薄いだろう。とはいえ、その言葉が戦後日本の大きな問題の一つだったことも忘れないでいてほしい。
毎日新聞 2006年9月5日