您现在的位置: 贯通日本 >> 资讯 >> 娱乐(日语) >> 正文

赤タキシードは父譲り 異国でオケ育てる山本祐ノ介さん

作者:佚名  来源:本站原创   更新:2018-9-24 7:47:56  点击:  切换到繁體中文

 

指揮者・山本祐ノ介さん、父の教えを胸に


よく動き、よく声を出し、よく笑う。


「ここで怒っちゃあ、おしまいですからね」。ミャンマー・ヤンゴンのミャンマー国立交響楽団のリハーサル室で、勢いよく指揮棒を振り上げた。


ベートーベン交響曲第5番「運命」。「モア、モア!」。体をねじり、手を振り上げても演奏がそろわない。「タンタタタンッ!」。口ずさみ、全身で、求める音を表現する。演奏者の気持ちが引っ張られるように集まる。音が合った。「パーフェクト!」


エアコンの調整が利かない底冷えするリハーサル室でただひとり、汗だくだった。バイオリンのハンミョウアウンさん(27)が笑顔を見せる。「他の指導者には叱られてばかりいたけれど、ミスター・ヤマモトはぼくらを理解してくれる。諦めない。最後まで」


2013年、見学がてら初めてこのリハーサル室に来た。クラリネット、オーボエは壊れて全滅。演奏者には楽譜が読めない人も。みな、西洋音楽の経験は、ほぼない。そんな状態の楽団を率いて数年で、1400席の会場を満員にする公演を開いた。外国の外務大臣らを招いた晩餐会(ばんさんかい)でも演奏を披露した。演奏が終わり、国家顧問のアウンサンスーチー氏が、笑顔で近づいてきた。「ぜひ、これからも続けてください」。音楽監督として、今は2カ月に1度のペースでミャンマーに通う。


父親は「男はつらいよ」のテーマ曲も手がけた作曲家・指揮者の故・山本直純さん。希代のエンターテイナーの背中を見て育った。幼い頃から音楽教育を受け、28歳で東京交響楽団の首席チェリストへと駆け上がる。順風満帆の音楽家人生を歩んでいるはずなのに、本人だけが悶々(もんもん)としていた。「自分の音楽を響かせたい。指揮者になりたい」。父と同じ道に進んだ。


ある日の公演後、病が進み、もう指揮台に上がることができなかった父に聞かれた。「今日、どうだった?」


「うまくいったよ」。そう答えると、たしなめられた。


「お前のことじゃない。お客さんは喜んでいたかを聞いているんだ」。間もなく、父は逝った。音楽は聴衆のためにある。その言葉が遺言になった。


特にミャンマーの楽団やジュニア・フィルハーモニック・オーケストラなど、発展途上の音楽家の指導に力を注ぐ。「音楽は楽しくワクワクするもの。その原点をともに刻みたい」


コンサートの終盤は父親譲りの赤いタキシードで勝負に出る。聴衆の喝采に力が湧く。体が大きく動き、指揮棒が振られた。全身全霊を傾けた指揮に、会場が一つになっていく。


なぜミャンマーでタクトを? インタビューで経緯を語ってもらいました。


■首席奏者が一転、バブル崩壊で…



 

新闻录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇新闻:

  • 下一篇新闻: 没有了
  •  
     

    相关文章

    没有相关新闻

     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    注册高达赢取大奖!

    09年2月《贯通日本语》杂志

    芳根京子将主演北海道电视台50

    日本发售铁臂阿童木造型家用机

    日本21号台风致近畿大600只金枪

    日本的义务教育 ,才不只是99%

    广告

    广告