東南アジアの病院に、患者ではない日本人が頻繁に出入りしている。医療ビジネスの商機をうかがう商社マンたちだ。経済成長と同時に生活習慣病も増えているという東南アジアで、どんな「陣取り合戦」が繰り広げられているのか。
東南アジア最大となる約2億6千万人の人口を抱え、なお成長を続けるインドネシア。三井物産は2016年に病院事業に参入し、出資する企業が中間層向けに3病院を展開している。
先行する三井物産を追うように、今年、同国の医療ビジネスに本格参入したのが豊田通商。市場開拓の「布石」にしようとしているのが、臨床検査だ。
豊通は今年、日本の臨床検査大手・保健科学研究所、インドネシア最大の製薬会社カルベファルマとともに合弁企業をつくり、臨床検査事業に参入した。血液検査やがんの病理検査が一体でできる臨床検査センター「カルゲン・イノラボ」を北ジャカルタで今夏に本格稼働させた。
センターは5階建て。30人ほどが病院などから持ち込まれた血液や細菌、遺伝子の検体を各フロアで検査している。ワンストップでさまざまな検査ができ、同国では珍しいという白血病・悪性リンパ腫の染色体検査も始める予定だという。
経済産業省の資料によると、インドネシアでは16年、「中間所得層」は世帯全体の66%に達し、00年から倍増。死亡要因では、感染症の割合が減る一方、心血管疾患、がん、糖尿病といった非感染症が7割超を占めるようになった。多くの国では経済発展や長寿化に伴って、非感染症の比率が増えていく。
また、インドネシアでは14年から国民皆保険も始まり、近く全国民が加入する見通しだという。
医療関連市場が大きく伸びる素地は整いつつあるが、需要の受け皿が追いついていないという。
豊通から合弁企業に出向している片山太郎さんは「病院不足でいい病院に患者が集中している。富裕層は質のいい検査や手術を求めてマレーシアやシンガポール、日本に行っているのが実情です」と話す。
豊通にとってこのセンターは、医療ビジネスを大きく展開するための足がかり。将来的には人間ドックなど健康診断事業の展開も視野に入れる。まずは検査を通じて病院との関係を深めようと、片山さんは伝統のバティック柄のシャツを着て連日駆け回っている。
同じジャカルタ市内。36階建ての超高層ビルの屋上近くに、同国最大の民間病院グループ「Siloam(シロアム)」の大看板がみえる。このグループを運営する財閥、リッポーグループと絆を強めているのが、伊藤忠商事だ。
伊藤忠は今年初め、リッポーグループで医療ビジネスを中核的に担う会社に出資した。現地の大財閥や国営企業と絆を深め、そこを拠点にビジネスを展開していくのが伊藤忠のアジア戦略の基本だ。
同グループが持つのは病院運営のノウハウだけではない。病院やホテルなど系列の不動産を運用する不動産投資信託(リート)を保有しており、その収益は、伊藤忠との合弁企業にももたらされる。開発・調査部の藤本哲也さんは「リートなどの安定収益をもとに、中国やミャンマー、ベトナムにも進出したい」と言う。
伊藤忠はすでに、中国で多数の病院を運営する国営企業「招商局集団(CMG)」などと組んでいる。医療の需要が高まる半面、中国の病院は老朽化などの課題も抱えている。
「日本の医療サービスの技術、リッポーの病院運営や不動産事業のノウハウを投じ、病院を高度化させたい」と藤本さん。東南アジアで展開し始めた医療ビジネスを足がかりに、さらに大国の中国へと攻め込む大きな絵を描いている。(鳴澤大)