企業からお金をもらって会計監査をする公認会計士は、どこまで真剣に企業と対峙(たいじ)できるのだろうか――。8年前、粉飾決算を指南したとして有罪判決を受けた元公認会計士は、生涯をかけてこの「問い」を発し続けている。
細野祐二さん(64)は2004年春、東京拘置所の独房にいた。当時、大手監査法人のKPMG日本(現・あずさ監査法人)の代表社員だった。担当していたシロアリ駆除会社キャッツの社長らが株価をつり上げたとされる粉飾決算事件に関与したとして、東京地検に逮捕されていた。
かけられた容疑は、キャッツが株を買い戻すための資金の捻出方法を細野さんが指南したことが、粉飾決算の共謀にあたるというもの。独房の壁をぼうぜんと見つめていた細野さんに、拘置所職員が声をかけた。
「大丈夫か」
「はあ」
「何をしたんだ?」
「仕事をしただけです」
「でも、カネをもらったんだろう?」
細野さんは、会計ルールからみて粉飾ではないとして、一切の証言を拒否した。ほかの逮捕者は次々と釈放されたが、細野さんは証拠隠滅の恐れがあるとして190日間拘留された。裁判では、粉飾自体が存在しないとして無罪を訴えて最高裁まで争ったが、10年、懲役2年(執行猶予4年)の刑が確定した。
無罪を信じた妻は、裁判中に病で亡くなった。
裁判では、会計基準からみて粉飾かどうかの議論よりも、関係者の自白に頼った立証が進められているように細野さんは感じた。「何が本当の粉飾なのか」を追求する細野さんの挑戦が、ここから始まった。
すべての上場企業約3600社の毎年の財務諸表を、利害関係を離れた立場からチェックし、粉飾の疑いがあれば公表して警鐘を鳴らす「粉飾研究者」の道を歩み始めた。活動費はいまのところ、これまでに中小企業の経営指導で得た貯蓄を取り崩して充てている。
日興コーディアル証券(06年に不正会計が発覚)、日本航空(10年に会社更生法申請)など、のちに問題となる大企業の決算に粉飾の疑いがあることを事前に見ぬき、その数字の「からくり」まで解き明かして話題になった。
そんな細野さんが今も答えを出せていない「問い」がある。「カネをもらったんだろう?」という拘置所職員が発したあの言葉だ。
監査法人は企業から報酬をもらわなければ仕事にならない。では、カネをもらっている企業の決算を中立の目で監査できるのか? 公認会計士の存在意義そのものにかかわる問いだ。
2018年3月期決算までの1年間に、東京証券取引所第1部の代表的企業である225社が、監査法人に支払った監査報酬の平均は4億3200万円になる。三菱UFJフィナンシャル・グループ(約54億円)など3メガバンクが上位3社を占める。
大手監査法人の元幹部として業界の裏側を知る細野さんは「高額報酬は監査そのものではなく、実態は企業の財務部門の下請けの対価なのです」と指摘する。
監査法人に属する公認会計士は、グループ子会社や工場などの監査、有価証券報告書の作成など、担当企業からさまざまな業務を請け負う。ときには、担当企業の決算書類を監査法人が作成し、それを監査法人自身が監査する「お手盛り監査」もまかり通っていると、ある大手監査法人の会計士は打ち明ける。「会計処理に問題があると思っても『経営に関与するのか』と脅されて何も言えない」
カネをもらってはまともな監査ができない。あの言葉を打ち消せない現実が、いまも横たわる。
そこで細野さんは一つの結論にたどり着いた。
「カネをもらったらダメだと言うのであれば、コンピューターにやってもらうしかない」
AI(人工知能)で財務諸表に隠れた「ウソ」を見抜けばいい。ネット上で公開されている有価証券報告書から、分析に必要なデータを集め、細野さんが決めたルールをあてはめる。これまで細野さんが丁寧に数字を拾い集めて分析していた作業を、AIが一瞬で肩代わりする。そして、企業の財務諸表を「危険」から「安全」までの5段階で評価するシステムを開発した。
その名は、フロードシューター(ウソ発見器)。(座小田英史、松浦新)