第160回直木賞は、初ノミネートの真藤順丈さん(41)「宝島」に決まった。選考結果が出るまで、真藤さんは飲食店で20人ほどの編集者たちと過ごした。出版界で「待ち会」と呼ばれる集まりだ。「朝から変なテンションだった」という真藤さん。徐々に緊張が高まり「えぐい」「やばい」が何度も口につく。ウーロン茶を口にしては、繰り返しトイレに立った。そして受賞を知らせる電話が真藤さんのスマートフォンにかかってきた瞬間――大きな拍手がわき起こった。
直木賞受賞作は構想7年 真藤順丈さんが感じたためらい
第160回直木賞に真藤順丈さんの「宝島」
芥川賞候補者の一番長い日密着 そのときスマホが鳴った
午後4時半ごろ、都内の飲食店に真藤さんの姿はあった。数年前に一緒に行った飲み会の話題をするなど、まだ表情には余裕があった。それでも「直木賞は格別」という真藤さんは「朝から『やっちゃれー!』という感じで、妻もドキドキしていました」と言う。芥川賞と直木賞は、受賞者の人生を大きく変えることもある大きな賞だ。「直木賞は祭りですよね。これまでお声がかからなかった祭りを、内側でやれているのはありがたいです」
編集者と「次の短編、お願いします」「芥川賞は誰が受賞すると思いますか」といったとりとめのない話を交わしながら、「その時」が来るのを待つ。場の緊張感も、徐々に高まっていった。待ち会のスタートから1時間ほど経つと、時折会話が止まるようになった。真藤さんは席をあちこち移動しながら、スマホや店内の時計を何度となくチェックした。
編集者も「緊張しますね」が口をつくように。「待ち会が始まって2時間で口内炎ができました」という編集者にも、真藤さんはこわばった表情を浮かべたままだった。
周りからは緊張をほぐすように「見たことない顔してますよ」と声がかかるものの、緊張はほぐれない。「こんなになるんですね、いや、こんなになるとは思わなかった」と返すのが精いっぱいのようだった。
そして午後6時21分、テーブルに置いたスマホが鳴った。場が静寂に包まれる。「はい、真藤です。はい、はい。……決まった!」。受賞です、とみんなに告げると、拍手とともに「やった!」「すごい」と歓声が上がった。
真藤さんは満面の笑み。すぐ家族に一報を入れ、戻ってくると編集者と肩を組んだ。店内にいた別のお客に、騒がせたことをわびる握手を交わした。
「本当にうれしい」と真藤さん。緊張から解放され、表情は柔らかな笑顔に変わった。受賞が決まり、多くの人に読まれるきっかけになることが喜びだと語った。「沖縄の問題も多分に含まれるこの小説が、より多くの人に届く機会が得られたのがうれしい。未熟な作家だけれど、『宝島』は読み継がれてほしいという気持ちが強い。多くの人に読まれるチャンスを得られて、感慨深いです」