神戸市立王子動物園(同市灘区)の前身・旧諏訪山動物園で戦前に飼われていた雄のインドゾウ「ダンチ」が、防毒マスクをつけて防空訓練に参加している映像が朝日新聞社が当時制作した子ども向けニュースからみつかった。ダンチにまつわる資料は多くは残っておらず、王子動物園の記念誌でも、少し触れられているのみだ。かつて、ダンチが大好きで動物園に通っていたという女性に出会い、思い出を聞くことができた。
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長い鼻、装着に苦戦
防毒マスクをつけた3人の飼育員が、ダンチの長い鼻から頭まですっぽり覆う特大の防毒マスクを装着させようと四苦八苦する。防毒マスクをなんとか鼻に通そうとする職員に対し、ダンチはいやがって横を向くようなそぶりを見せる。
しかし、ニュースのナレーションは「生まれは外国でも、さすがに今は日本のゾウ。決して暴れたりなどは致しません」と戦意高揚式だ。約1分の映像には、防毒マスクの装着場面、マスクをつけて園内を歩く姿などがとらえられている。マスクを外されたあとにえさをもらう場面は、どこかほっとしたような様子だ。
1940年10月6日付の朝日新聞大阪本社版夕刊には、「防毒面をしっかりつけて『ガス弾ござんなれ!』」と、写真入りで防空訓練の記事があり、映像もこのときのものとみられる。
ゾウに乗った女性「懐かしい!」
「まぁ、懐かしい!」
映像の中のダンチに目を細めるのは、神戸市灘区の田中明子さん(86)だ。戦前から神戸に住み、ダンチを覚えている市民の一人。1月下旬、田中さんの自宅にうかがい、ダンチの映像を一緒に見てもらった。
実は、ダンチの映像は見つかったものの、ダンチにまつわる資料の乏しさに、取材は早々と暗礁に乗り上げそうになっていた。そんな中、たまたま職場の朝日新聞神戸総局の書庫で「諏訪山動物園ものがたり」という絵本をみつけた。戦時下の諏訪山動物園を題材にした作品で、表紙にはゾウの絵が描かれ、末尾には小さな女の子がダンチの背中に乗る写真が載っている。その写真の主は今もお元気だろうか。出版元の協力を得て探したところ、田中さんの連絡先がわかった。取材のお願いで電話をすると、少女のような明るい声で「ぜひ、いらっしゃい」と言ってくれた。
映像を再生する。当時4歳だった田中さんは、八十数年ぶりに「動くダンチ」と再会して感慨深げだ。だが、すぐに悲しそうな表情になり、こうつぶやいた。
「彼は最後まで幸せだったのかな」
最後まで――。その言葉の意味を知るためには、ダンチがその後たどった運命を記さねばならない。
■映像の2年後、ダン…