知事や市町村長は、私たちがまちのかじ取りを委ねる大事な存在。とはいえ、選挙の時、誰に一票を投じるか、決めづらいことも多い。最近でいえば、職員への暴言で市長が辞職し、出直し選で圧勝した兵庫県明石市。投票先を考えるうえで、有権者は悩んだのでは? 記者が街で尋ねた。
「立ち退きさせてこい。火つけてこい。燃やしてしまえ」。明石市長の泉房穂(ふさほ)氏(55)は2期目半ばだった一昨年、国道拡幅工事の計画地に建物1棟が残り、完成が遅れていることに激高。今年1月に暴言が発覚し、「感情をコントロールできず、リーダーの資質を欠いている」と辞職した。会見では、涙ながらに謝罪した。
一方で、録音データにあった「市民の安全のため」などの発言や、中学生以下の医療費や第2子以降の保育料を所得に関係なく無料化したことを評価する意見もあった。近隣自治体からの転入で人口は増加に転じていた。
出直し選で泉氏に挑んだ元市長ら2人の候補は、暴言を吐いた泉氏の市長としての資質を問題視しつつ、泉氏と同様に子育て施策を充実させると訴えた。一方で、泉氏の陣営は「今回はおわびがメイン」とし、「あえて政策は打ち出さなかった」。その結果、政策面の違いが有権者に見えづらい選挙になった。
選挙後、明石駅前で声を聞いた。
「泉さん以外なら誰でもよかった。また当選したら『明石は大丈夫?』となる」と女性会社員(29)。対立候補に投票したが「政策はよく知らなかった」。
男性会社員(39)は娘が生まれた2年前、医療費が無料と知り、「明石って、しっかりしてんねや」と驚いたが、暴言は「市長としてアウト」とも思った。悩んだ末、他候補の演説会に足を運び、泉氏に票を投じた。孫が3人いる女性(90)は「私欲のための暴言でなく市民のためだから。暴言をせえへん方がええけど、まだ許せる」と泉氏に入れた。
パワハラの専門家から「目的の正しさで暴言を正当化するのは危険。パワハラが横行してしまう」という声も上がる中、3月の出直し選で泉氏は投票者の7割の票を獲得し、圧勝した。
市への政策提言に取り組む市民団体「市民自治あかし」の松本誠代表(74)は「選挙は本来、市民の前で政策を戦わせ、何が争点かをはっきりさせることが大切。今回はそれがなかった」と指摘する。
資質か実績か。それだけでも悩むのに、選挙はたいていシンプルな二択にならず、争点が見えづらいことも多い。
「橋下旋風」などに詳しい関西大学法学部の坂本治也教授(政治学)は「よっぽど身近な人じゃなければ、人柄なんて知りようがない」と言う。しかも、最近は人柄の良さより、目に見える成果が出せるかが選択のポイントになることが多く、明石でもその傾向が表れたのではという。
そのうえで、坂本教授は「選挙でいつもベストな選択ができると思わない方がいい。『あっちよりこっちがマシ』という選択でよいのでは」と言う。
完璧な政治家はいない。「たとえ誤った投票をしたと思っても、次でより良い方を選べばいい。その繰り返しで、少しずつよくなればいい。そんな感覚が大事じゃないでしょうか」
泉氏の任期は4月30日まで。統一地方選の後半戦で再び市長選があるが、今のところ泉氏以外に立候補を表明した人はいない。(山崎毅朗、飯島啓史)