東京・上野の国立科学博物館(科博)で始まった「大哺乳類展2」で、ひときわ存在感を放っているのが、マッコウクジラの骨格標本。大小約200種の哺乳類の剝製(はくせい)などが並ぶメインステージで、全長約16メートルもの巨体を宙に浮かせている。深さ1千メートルに潜ってダイオウイカとも闘う究極のダイバーを紹介する。
【早送り動画】マッコウクジラの全身骨格がやってきた 大哺乳類展2
骨格標本「世界最先端の精密さ」
天井からつるされているのは、2005年に鹿児島県の浜に乗り上げたオスのマッコウクジラ。左半身は骨格で、右半身を発泡スチロールで肉付けしている。
展覧会を監修した田島木綿子(ゆうこ)・科博脊椎(せきつい)動物研究グループ研究主幹(47)は、今回の標本を「世界最先端の精密さ」と誇る。例えば肋骨(ろっこつ)の傾き。田島さんによると、世界各地の博物館で展示されている標本は、肋骨を背骨に対して直角に配置することが多い。「実際にはかなり傾いている」と指摘する。
漂着当時の推定体重は約50トン。解剖調査をした後、浜に埋めて、09年に掘り出した。解剖や発掘の際、肋骨の角度や、背骨一つ一つの間隔を正確に測定しており、再現の精度に役立っている。
大人のマッコウの骨は大小合わせて約160個。ヒトの成人(基本206個)よりぐっと少ない。進化の過程で後肢は完全に退化したが、骨盤は残っている。
標本の作製は、鯨類を専業にしている「まっ工房」(東京都青梅市)の薄井誠さん(57)が担った。「人間と違う点も多いが、指が5本あるなど共通点が多く、親近感がわく」と話す。今回の標本について「骨を並べていくと、神経が通る穴がきれいなトンネルになり、背骨の突起が一直線になる。そうした美しさにも注目して欲しい」と話している。
60年以上生きることも
右半身の皮膚の模型の側にまわると、口の周りに直径約2センチの丸い痕が無数につけられている。ダイオウイカなど巨大なイカ類が捕食されるとき抵抗してつくと考えられる吸盤痕の再現だ。田島さんは「その様子を見た人はいないのですが。深海で活動するだけにマッコウは謎だらけです」と苦笑する。
体にセンサーを取り付けるなどの研究手法で、生態の解明は急速に進みつつある。
日本では熊野灘や小笠原、銚子沖などで見られ、60年以上生きることもあるとされるマッコウ。1千メートルを超える潜水を、1時間ごとに繰り返すことがわかっている。好物は深海にいる大型のイカ。深海は酸素が乏しく、イカは俊敏に動けない。マッコウは海面で呼吸して酸素を蓄えて潜るので素早く動くことができるという。
「海洋汚染の深刻さに衝撃」
今月9日、新潟・佐渡島沖で高速水中翼船がクジラとみられる海洋生物にぶつかり、80人が重軽傷を負った。日本近海には世界のクジラ約80種のうち半分が生息していることを想起させる事故だった。
田島さんによると、今回展示のマッコウのように、クジラが日本の海岸に打ち上げられるケースは年間約300件あるという。
2018年8月、神奈川県鎌倉市由比ガ浜に体長10・52メートルのシロナガスクジラの死体が流れ着いた。生後数カ月とみられるオス。調査のため、科博のほか新江ノ島水族館、北海道大、筑波大、長崎大、韓国のソウル大などの研究者が集結した。
獣医師でもある田島さんが解剖の際気にかけているのは、クジラの病気。明確な死因は分からなかったが、胃腸の内容物から、母親とはぐれて数時間後に死亡したとみられるという。
調査の過程で、内臓から3センチ大のビニール片が見つかった。田島さんは「まだ乳しか飲んでいないはずの子のおなかから人間社会に由来する異物が出てくるとは。海洋汚染の深刻さに衝撃を受けた」と語る。
漂着の地である神奈川県は翌月、リサイクルされないプラスチックごみをゼロにすることを目指す「かながわプラごみゼロ宣言」を出している。今回、このシロナガスの頭骨など骨格の一部も展示されている。(曺喜郁)