子どもが落書きした絵がそのまま立体のぬいぐるみになったら面白い。そんな発想から、手づくりの工房を立ち上げたぬいぐるみ職人が兵庫県芦屋市にいる。子どもたちの頭の中にだけ住む不思議なキャラクターや生き物たちが造形を与えられ、笑顔の輪を広げる。
カラフルなフェルトや水玉模様の布、そして毛糸。数え切れないほどの素材がびっしりと棚に並ぶ工房の名は「エソラワークス」という。「絵に描く空想」の文字をとって、工房主の白石哲一(のりかず)さん(45)が名づけた。作業場は、2階建ての自宅の一室。白石さんと妻、女性スタッフの数人だけで営む小所帯だ。
全国の依頼者から持ち込まれた子どもの落書きや図画工作の絵とにらめっこし、せっせと裁縫道具を操る。お値段は、標準的なサイズで1万3千円程度だ。
工房誕生のきっかけは約8年前。白石さんが友人の家を訪れた際、おばあちゃんが孫の描いた自画像を刺繡(ししゅう)にしたタペストリーを目にした。子どもの絵を大人が作品に仕立てるという温かな営みに心をひかれた。
もしこれが人形なら、子ども自身も触ったり抱っこしたりして遊べるぞ――。当時2歳の長女の顔が浮かんだ。きっと喜ばれる!
家に帰るとすぐ、妻に「ミシンはある?」と尋ねた。洋裁経験はゼロだったが、不要になった枕カバーや百円ショップで買った綿など手近な材料を集め、携帯電話会社のキャラクター「ドコモダケ」を模したぬいぐるみを完成させた。
「あの出来栄えでよく起業しようと思ったね」と今なお妻やスタッフが振り返る第1号作品だ。しかし、白石さんはめげずに次の挑戦を開始。長女が描いた妖精の絵をモチーフにしたぬいぐるみを作り上げた。
完成品を受け取った長女は、歓声を上げるでもなく微妙な反応。「喜んでもらえなかったか」と肩を落としていると、ほどなくして「また作って」と自作の絵を持ってきた。これで白石さんの気持ちは固まった。
その後、友人や知人からも依頼が舞い込むようになり、副業感覚で制作を継続。そんな中、友人の一人に言われた「白石さんのぬいぐるみをほしい人はたくさんいるはず」という言葉に背中を押されて事業化を決意し、2013年4月、今の工房を立ち上げた。
当初はほとんど注文がなかったが、ホームページ(HP)やSNSで地道に情報発信を続けるうち、依頼は徐々に増加。これまでに送り出したぬいぐるみは約1500に及んでいる。
妖精の羽に水玉模様の布をあしらったり、頭に毛糸のポンポンを付けたり。常に「一工夫」を忘れないのがモットーだ。白石さんは「子どもの頃の創造力は独特で、一番の宝物。大切にしていきたい」という。(大木理恵子)
2人の思い出を、亡くなった子の絵を…
「子どもの絵をぬいぐるみにしてほしい」と頼んでくるのはどんな人たちなのだろうか。白石さんは「本当に千差万別」というが、子どもが幼い頃に描いた絵を形にし、成人式などに合わせて贈りたいという親の依頼が一定数あるという。
心に残っているという依頼を二つ教えてくれた。彼女へのプロポーズの機会をうかがっていた男性。彼女との間で交換するノートや手紙の端に描き込んでいた、2人だけの思い出のキャラクターがあったという。その絵をぬいぐるみにし、指輪とともにプレゼントする演出で一世一代の勝負を見事成功させた。
そしてもう一つは、ある夫婦からの依頼。幼くして亡くなった子どもが最後に描いた絵だった。白石さんは心を込めてぬいぐるみに仕立て、亡くなった子が生前よく着ていたという服に似せた衣装をまとわせた。
「喜びや感謝をつづった手紙、笑顔でぬいぐるみを抱く子どもの写真を送ってくれる人も少なくない」と白石さん。それが仕事の励みになっているという。
■注文希望は絵を…