ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕されてから、27日で30年になった。米・ロッキード社から5億円を受け取ったという前代未聞の「首相の犯罪」だった。事件の関係者の証言で振り返るとともに、政界の様変わりをたどった。
「渡部、ご苦労さん。全日空のこと、徹底的に聞いてくれ」
民主党の渡部恒三国対委員長は田中元首相逮捕の1カ月半前の76年6月9日、元首相から受けた電話を今も忘れない。自民党田中派若手だった渡部氏が、衆院ロッキード問題の調査特別委員として質問に立つ朝だった。
ロ事件は田中元首相の5億円授受につながる「丸紅ルート」と「全日空」「児玉」「小佐野」の各ルートに分かれた。渡部氏は特別委で丸紅ルートは追及せず、ロッキード社のライバル、ダグラス社が三井物産を通じて全日空に仕掛けた「幻のDC10売り込み」計画を中心に質問した。
「田中さんの電話は『丸紅ルートに触れるな』って意味だと直感した。あの時点で丸紅ルートから自分に捜査が及ぶと察知していたんだろう」と渡部氏は語る。
一方、ロ事件追及を後押ししたのが当時の三木武夫首相。歴代の保守本流政権は汚職事件の捜査にとかく非協力的だったが、三木首相は、金脈問題による田中首相退陣を受けて急きょ政権に就いた自民党傍流。党内で田中派を中心に反三木勢力が強まる中、世論が求めるロ事件の真相究明を前面に出しながら、政権の延命に執念を燃やした。
田中逮捕から30年にあたり、三木氏の妻睦子さん(88)は「『アメリカで発覚した事件だから、日本としてうやむやにできない』と常々言っていた」と当時を振り返った。「殺されても惜しくないほど命がけの心境だった」とも証言する。
あれから30年。「自民党をぶっ壊す」と宣言した小泉純一郎首相は5年3カ月の長期政権で、田中氏の築いた派閥主導の人事を骨抜きにし、郵政族や道路族議員が支配した田中型の利益誘導システムもほぼ解体させ、田中派の流れを継ぐ津島派は昨年の衆院選で党内第2派閥に転落、かつての面影はない。ロ事件以降、政治家個人の政治資金収支報告の義務付けや政治家個人への企業・団体献金規制が導入されたが、「政治とカネ」の不祥事は後を絶たない。
これに対し、自民党時代に田中元首相に育てられた小沢一郎民主党代表や渡部氏らは、今は民主党にあって「格差拡大」など小泉改革のひずみを唱え、政権交代に懸ける。「反角栄」を掲げて国政に登場した菅直人代表代行も小沢執行部の中枢で、ロ事件30年についても「田中政治は『富の再配分』など見直されている部分もある」と明言した。30年の歳月は政界の勢力図を大きく変えた。
【徳増信哉】
毎日新聞 2006年7月27日