雪が舞う震災地の片隅で、全盲の女性が盲導犬との日々を「点筆」でつづっている。新潟県小国町でひとり暮らしの鍼灸(しんきゅう)師、中村良子さん(56)は盲導犬のクララと心を通わせ、あの日から2カ月余りを生き抜いた。クララは昨年暮れ、10歳になった。盲導犬の引退時期だという。別れの予感を胸に、「2人」は日々を精いっぱい、生きる。
生まれつき視力に恵まれず、24歳で失明。その後に盲学校で学んだ点字で、この30年間、日記をつけ続けてきた。肉親を次々失い、いまはひとり暮らしだ。
7年前に盲導犬クララが来た。メスのラブラドルレトリーバーだ。5年前からクララと県内の学校を訪問し、視覚障害者の現状を話している。震災で中断したが、再開した。
中村さんの日記から。
<12月20日>〈柏崎市立半田小に行った。3、4年生は総合学習で福祉の勉強をしている。視覚障害者のことをもっと知ってもらおうと失敗談も織り交ぜて話した。講演の最後に歌を歌ってくれた。とてもうれしくて感動した。クララも耳をそば立てて聴いていた〉
10月23日午後5時56分、自宅の菜園で畑仕事を終えて間もなく、地の底からドーンという音を聞いた。居間に駆け込み、クララの首輪の綱を外し、縁側から庭に飛び出し、ガラス戸や土壁がバリバリと音を立てるのを震えながら聞いた。
「お兄さんの家が壊れる」。自宅は15年前に亡くなった兄が毎年、東京の歯車工場や名古屋の酒蔵へ出稼ぎに出て、コツコツ貯金して建てた家だった。視力が残っていた19歳の中村さんは兄を手伝い、土壁を塗った。
庭にしゃがみこみ、震えていた中村さんのほおに、クララが静かに顔を重ねた。「クララも泣いている。私は独りじゃない」。そう思った。
避難所で、クララはじっと中村さんに寄り添った。犬がトラブルの原因にならないか。当初の不安は当たらなかった。近所の主婦小林チヨさん(72)は振り返る。
「クララは鳴き声ひとつ立てませんでした。その場にいることが、本当に自然でしたよ」
新潟県盲導犬ユーザーの会によると、県内の盲導犬は24頭。中越地震に遭遇したのはクララを含め6頭だが、避難所で暮らしたのはクララだけだという。
2週間の避難生活から半壊した自宅に戻り、中村さんは片付けを続けている。崩れた土壁は粘着テープで補修したが、破損した瓦屋根はそのままだ。「雪の重さに耐えられるだろうか」。クララも心配なのか、天井を見上げる中村さんと一緒に顔を上げる。
11月20日、点字日記を再開した。暮らしの大事な一部なのだ。
<11月21日>〈天気がよい。ヘルパーさんがやってきて、買い物を頼んだ。クララと午後に役場を一周した〉
犬の10歳は人間では60歳ほど。白内障や、足腰の弱りが急速に進む。10歳前後で引退し、ボランティアに引き取られ、余生を送るのが普通だ。
百も承知している。けれど、「もう少し、もう少しだけ一緒に暮らしたい」。中村さんが、珍しくわがままを言った。 (01/02 08:50) |