EU(欧州連合)のRoHS(ロス)指令が施行されるまであと1年3カ月。日本の電子機器メーカー,部品・材料メーカーはRoHS対応の最後の仕上げにいとまがないようです。EUが先駆けとなった電子機器への有害物質使用規制は徐々に世界に広がり,各国で同様の規制が法律化されつつあります。日本でもRoHS指令とほぼ同時期の実施を目指して,独自の制度構築へ向けた議論が大詰めを迎えています。
RoHS指令は「Pb(鉛),Cd(カドミウム),Hg(水銀),Cr+6(6価クロム)の4種の金属と,PBB,PBDEの2種類の臭素系難燃剤を使用した電気・電子製品は2006年7月以降,EU加盟国内では販売できない」と規定しています。Pbという電子機器になくてはならない材料が規制対象に含まれていたため,RoHSの内容が明らかになったときは世界中に衝撃が走りました。
20年ほど前,表面実装の取材で米国の学会に行ったとき,きわめて緻密な信頼性検証の発表が延々と続き,驚いたことがあります。当時の日本はまだ民生機器中心でしたが,米国はミサイルや宇宙船用のボードを作っていたからです。柔らかく強靭で常に組成の均質なSn-Pb共晶ハンダでさえ,何千カ所もの接続信頼性を確保するのは大変なことです。これを,Pbフリーのハンダで実現することの困難さは容易に想像が付きます。
実際,米国は1990年代初頭に一度,Pbの使用規制を実施しようとしましたが,メーカーの強い反対にあってあきらめたという経緯があります。今回,そのPbフリー化はさまざまな代替材料の開発でなんとかクリアできたとのことですが,開発に携わった人たちには不満を口にする人もいます。
——確かにPbをはじめとした重金属は人体に有害だが,それは産業廃棄物などで高濃度に汚染した水や食物を摂取した場合だと思う。電子製品に含まれるわずかな重金属が,一般市民の生活を脅かすに至る経路は,可能性としては考えられても,現実には想像しにくい。
——有害物質は使わずにすめばそれに越したことはないが,代替材料の開発には多くの労力や経費がかかる。性能や信頼性を低下させることもある。「より安全だから」と言って次々と使用禁止物質が増えて行ってはたまらない。
経済産業省のもとで議論が進められている日本の環境規制には,「情報開示」の仕組みが盛り込まれると言います。具体的には,製品にどんな有害物質が含まれているかを示すシールを貼る案が有力です。日本はリサイクル制度が整っているので,廃棄物中の含有物質が分かれば,分別して安全に回収できる,という考え方です。確かにどんな材料であろうと,きちんとコントロールされた環境で利用されれば無害であり,野放図に廃棄されたりすれば有害物質になります。特定の物質を一律に使用禁止にするより,この方が合理的かもしれません。経済産業省は,この情報開示制度の国際標準化を目指しているとのことです。
では,EUはなぜ過激な「使用禁止」を法律化したのでしょうか。ヨーロッパは回収システムが整備されていないかと言えば,決してそんなことはありません。生産現場のことを知らない知識人が理念先行で決めたとも思えません。RoHS指令の草案作成には,ハンダ付けと電子機器の信頼性の密接な関係を知っている経験豊かな技術者が関わっていたに違いありません。そしてこれは想像でしかありませんが,この先,何億台もの携帯電話機が廃棄物になることに思いを馳せた誰かが「やっぱり,この法律で鉛と決別しましょう」と言ったのだと,私は思います。
過激な制度の変更を好まない日本人には,RoHS指令のような時代に区切りをつける決断はなかなかできません。その勇気と決断には敬意を払いたいと思いますが,私には鏡のように美しいSn-Pb共晶ハンダの光沢が見れなくなるという淋しさとともに,やはりどこかで電子機器の信頼性が気になって仕方がありません。 |