「独立国として憲法の範囲内で国民を守るために限定的な(敵地攻撃)能力を持つのは当然」
北朝鮮の弾道ミサイル発射を受けて記者団に語った額賀福志郎防衛庁長官の発言である。
安倍晋三官房長官は「常に検討、研究は必要」と前向きに受け止めた。武部勤自民党幹事長もこれに同調した。
これに対し小泉純一郎首相は議論の必要性は認めながらも、慎重に考えるべきだと指摘した。公明党は「基地を攻撃するとなれば、全面戦争になる」と否定的だ。
いわゆる「敵地攻撃論」は、56年に鳩山内閣が示した政府見解だ。日本が誘導弾などで攻撃された場合、防御するのに他に方法がない限り、敵の基地をたたくことは自衛権の範囲に含まれるという。今回も古くて新しい議論だ。
だが、基本は専守防衛だ。(1)相手から攻撃を受けた時に初めて防衛力を行使する(2)防衛力も自衛のための必要最小限のものに限る--という考え方である。
このため日本は大陸間弾道ミサイル(ICBM)や長距離戦略爆撃機、攻撃型空母などを持たない制約を自らに課してきた。有事の際には、自衛隊が守りを固め、攻撃は米軍に任せるというのが、日本の防衛戦略だ。
日米安全保障条約で在日米軍に基地を提供し、日米防衛指針(ガイドライン)で日米の役割分担を決めている。日本周辺での米軍の動きを後方支援するための法的整備も進めてきた。
「敵地攻撃論」に基づいて攻撃兵器を導入するというのであれば、専守防衛の防衛政策を大きく転換しなければならない。防衛庁長官も合意した在日米軍の再編を改めて見直す必要が出てくる。日米同盟は大きく変質するはずだ。行き着く先は、自主防衛論になるのではないか。
そうなれば、防衛力を大幅に増強し「平和国家」の看板は下ろさねばならない。アジア各国から「日本脅威論」が渦巻く恐れもある。第二次大戦の反省のもとに積み上げてきた平和外交は音をたてて崩れることになるかもしれない。
ただ、北朝鮮は日本が射程に入るノドンミサイルを200基配備しているという。核兵器の保有も宣言した。拉致問題も未解決だ。日本にとって大きな脅威であることは言うまでもない。
今回、再三の警告にもかかわらず、弾道ミサイルを発射した。国民はミサイルによる恫喝(どうかつ)に対して有効な手を打てないもどかしさと腹立たしさを感じている。しゃくし定規の専守防衛論に疑問を感じている国民もいるかもしれない。国民が脅威を感じるような新たな事態が生まれている以上、これにどう対処すべきかという議論は必要だろう。
ただ、額賀長官の発言に飛躍はないか。日米安保条約との関係をどう整理するかなど、極めて重要な問題を内包している。安易に結論を出すべきではない。
新たな情勢と防衛力整備の現状をきちんと見すえ、冷静かつ丁寧な議論が必要だ。
毎日新聞 2006年7月12日