コイン投げのゲームだ。あなたは裏が出るまで投げ続け、1投目で裏が出れば1円、2投目なら2円、3投目は4円、4投目は8円……と1投ごとに賞金が倍に増える。このゲームをするにはあらかじめ料金を払わねばならないが、あなたならいくら払うか▲実際2000回ほど試した人によると賞金は1ゲーム平均5円程度だから10円払っても損になる。ところが数学とはすごい。理論上このゲームで期待できる賞金額は無限大という。つまり何億出してもいいのだ(三浦俊彦著「論理パラドクス」二見書房)▲これは「サンクトペテルブルク・パラドックス(逆説)」と呼ばれる。期待賞金が無限大になるのは、理論上は「永遠に表が出る場合」の賞金まで計算に入れるからだという。町の名がついたのは、スイスの物理学者ベルヌーイがサンクトペテルブルクでこの問題に取り組んだためだ▲1730年ごろの話で、スイスやフランスなどの建築家により壮麗な町並みがネバ川岸に造られていった当時である。ロシアの大地に根ざした母なるモスクワに対し、その建設当初から西欧に大きく開かれた父なるサンクトペテルブルクであった▲その町でロシアが初めて議長国をつとめる主要国首脳会議(サミット)が15日に開幕する。議長国の掲げる「エネルギー安全保障」「感染症対策」などに加え、日本政府の働きかけで北朝鮮のミサイル問題への対応も協議されるサミットである▲エネルギーをめぐる欧米との摩擦が目立ち、北朝鮮やイラン問題でも日米欧と姿勢を異にするロシアだ。だがここは議長国として21世紀の世界に対し責任ある行動を見せてほしい。現実と計算がまったく食い違うサンクトペテルブルク・パラドックスは数学の話だけでいい。
毎日新聞 2006年7月12日