スポーツ観戦は少しばかり知識があった方が楽しい。もちろん、知識なしでも楽しめる。予想外の展開、勝者の歓喜、敗者の消沈。スポーツはドラマに満ちている。
科学も似たところがある。結果ばかりが主役ではない。思いがけないところに常識を塗り替えるようなドラマが潜む。そこに打ち込む科学者たちには、何かを追いかける人特有の「熱」がある。理科嫌いの学生だった私でも科学記者を続けていけるのは、彼らの「熱」に触れたいと思う気持ちからだ。
研究費不正問題で渦中の人となっている松本和子・早稲田大教授も、その一人だった。東京大で化学を修め、早大でキャリアを積んだ。育児と研究とを両立させ、社会的な地位を築いた。生臭い世界とは縁遠いすがすがしさもあった。
その彼女が、問題について沈黙を貫いている。わずかに知り得るのは、大学の調査に対する断片的な発言だけだ。
1500万円に上る研究費を不正に受け取ったのはなぜか。何に使ったのか。沈黙するほど、虚実ないまぜの情報が独り歩きする。研究費が使いにくかったなら、そう指摘すべきだろう。
彼女の沈黙は、サッカーW杯決勝で頭突きを見舞って退場したジダン選手の沈黙とは本質的に異なる。ルール違反は受け入れ「言い訳はしない」と黙るジダンは潔い男と受け止められている。
松本教授の沈黙は歓迎できない。彼女が不正に受け取った研究費は、私たちの税金から出ている。ジダンが黙ってもサッカー人気は衰えないが、彼女が黙ると、日本の科学技術への信頼は急降下する。
毎日新聞 2006年7月12日 0時06分