【ジュネーブ澤田克己】世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)をめぐり、ジュネーブで開かれていた日米欧など主要6カ国・地域(G6)の閣僚会合は24日、農業分野での対立を解消できず、8月中の大枠合意を断念した。WTOのラミー事務局長が全加盟国の大使級会合で報告し、交渉自体の中断が決まった。「中断は数カ月かもしれないし、数年かもしれない」(中川昭一農相)状況で、事実上の凍結。いっそうの貿易自由化のルール作りを目指し、4年半続いてきたラウンド協議は先が見えない状況に陥った。
◇多国間貿易体制は大きな危機
【ロンドン藤好陽太郎】自由貿易の拡大を目指した世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)は、主要6カ国・地域(G6)の閣僚会合でも各国の利害を調整し切れず、凍結状態に陥った。今後、主要国が2国間の自由貿易協定(FTA)を重視する傾向が強まるのは確実で、多国間貿易体制は大きな危機を迎えた。
今回のG6で、米国は農業の国内補助金の削減上積みを拒否する姿勢を崩さなかった。11月に中間選挙を控える米議会の抵抗を背景に、「先に他国が譲る」ことを求め続けた。これに対して、欧州連合(EU)のマンデルソン欧州委員は24日の会見で「農業改革について米国には哲学がない。米国は交渉を続けない方がいいと判断した」と名指しで批判した。
交渉は「米国の中間選挙が終わるまで動かない」(交渉筋)のは確実。その後、交渉が動き出しても、年内の交渉終結期限が大幅に遅れることは避けられない。また、来年6月末に切れる米大統領の貿易交渉権限(TPA)の延長に、議会が難色を示すのは必至で、09年に米国の新政権が発足してTPAを新たに得るまで、交渉は再開できない可能性が高い。
ラウンド凍結で、多国間貿易体制への各国の期待は弱まる。FTAを着々と進める米国だけでなく、欧州委員会も、東南アジア諸国連合(ASEAN)や中国とのFTAを戦略的に進める方向にかじを切っている。こうした中では、市場として魅力的な国以外は、自由貿易から取り残されかねない。途上国の開発支援も停滞する可能性があり、「失ったものは大きく、非常に高くつく」(マンデルソン委員)ことになりそうだ。
◇経済産業省幹部「日本の通商は厳しい状況に」
ラウンド凍結について、経済産業省幹部は「主要国が2国間交渉に走ることになれば、日本の通商は厳しい状況になる」と深刻に受け止めている。G6閣僚会合を終えた二階俊博経産相は「日本は貿易立国だ。成功した時の利益と、失敗した時に失うものを考えれば、我々が進むべき道は明らかだ」と述べ、ラウンドの重要性を改めて力説した。実際、日本の産業界はこれで、途上国への工業製品輸出拡大の機会を逸した格好だ。
FTAで、米国やEUに後れを取っている日本にとっては、多国間で自由化ルールを決めるラウンドは「日本の存在感を示せる土俵」(交渉筋)でもあった。ラウンドの妥結に日本が貢献し、2国間協定に走る米国、EUをけん制したいとの意向があっただけに、凍結したことへの落胆は大きい。
一方、農業関係者の間では、コメの一層の市場開放が避けられたことへの安堵(あんど)感も漂うが、「ラウンドが再開した時には、より厳しい譲歩を求められる」と危機感を示す声も出ている。
交渉で守りを強いられた農林水産省は、複雑な表情だ。米国、ブラジルなどの大幅な市場開放要求には最後まで応じず、「守り」には成功したが、用意した譲歩案は日の目を見ず、目指していた“小さな合意”を達成できなかったからだ。
同省はラウンド合意を想定して「担い手」農家の育成など農業改革を進めているが、当面の市場開放要求をしのいだことで危機感が薄れることを心配する声もある。
【位川一郎、小林理】
毎日新聞 2006年7月25日