「改革の本丸とも言うべき郵政事業の民営化」(04年1月19日の施政方針演説)
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小泉純一郎首相は就任以来、抵抗勢力理論を使い、自民党内の既成秩序を突き崩してきたが、圧巻は郵政族を根絶したことだろう。
1年前、永田町は暑い夏だった。小泉首相は二十数年来の持論である郵政事業民営化法案が参院で否決された後、衆院解散に打って出た。論点はただひとつ。本人も認める郵政選挙である。郵政民営化反対派は惨敗し、小泉首相の悲願は秋の特別国会で実った。日本郵政公社は来年10月、民間会社になる。郵政事業130年の歴史の大転換である。
では、郵政民営化は本当のところ、改革の名に値するのだろうか。言い換えれば、改革の本丸といっていいのだろうか。
郵政改革の必要性は80年代から言われていた。小泉首相もそういった論者のひとりだった。どうして改革かと言えば、官業である郵便貯金が金融市場での金利形成をかく乱することが少なくなかったからだ。90年代に入ってからは、郵貯、簡易保険とも資金規模肥大化のゆえである。
その意味で、官営金融機関の役目が終わったから、大胆に規模を縮小するなり、決済サービスや金融過疎地での業務などに限定することこそが改革であるはずだ。ところが、西川善文日本郵政社長(前三井住友銀行頭取)は郵政公社の郵貯業務を引き継ぐゆうちょ銀行や簡保事業を引き継ぐかんぽ生命の業容拡大を目指している。
持ち株会社傘下の4社で、収益性が見込まれるのが金融事業の2社だからだ。ゆうちょ銀行もかんぽ生命も民間会社とは言いながらも、持ち株会社を介して政府の影響を受ける。地方では今の郵便局と同じに受け取られるだろう。たしかに、民間金融機関の支店もなく、農協も広域合併で拠点の合理化を進めているなか、郵便局ネットワークによる金融事業は社会インフラの一角と認めていい。ただ、それも限定付きでのことだ。
小泉首相にすれば民営化実現という初志が貫徹されればいいのだろうが、官営金融が形を変えて、巨大な組織として君臨し続けるというのでは筋が違う。これでは改革されても、天守閣は出来ない。
郵政改革に先立って改革の目玉とされたのが道路関係4公団の民営化だった。民営化は実現したものの高規格道路建設は従来の計画通り進められることになっており、道路改革にはなっていない。道路特定財源の見直しが遅れているのも、その延長線上のことだ。
郵政民営化でも国際条約で全国一律サービスが義務付けられている郵便事業が民間会社で成り立つのか定かではない。
改革が自己目的化する過程で、その内容が変質する。これが小泉改革だとすればむなしい限りだ。
毎日新聞 2006年8月30日