「平壌(ピョンヤン)にいる孫の姿を両親に見せてあげたい」。最初はホームビデオのつもりだった。だが撮り進めるうちシリアスな内容に。大阪に住む元朝鮮総連幹部の父は、北朝鮮の実像を知っても「将軍さま」に忠誠を尽くす。帰国事業で平壌に渡った兄3人の家族を思うたびに「故郷と祖国の違いを考えた」。
20代はウエートレスをしながら、演劇に熱中した。ラジオのパーソナリティー、テレビのリポーターとしてアジアを旅するうちに「見て聞いた市井の人たちの声を伝えたい」と思い、自らビデオカメラを回し始めた。すぐに英語の必要性を実感して渡米。「国籍になど関心を示さない」ニューヨークの人たちとの生活を楽しみながら、ドキュメンタリーを学ぶ。
「一番話を聞かなきゃいけない人が目の前にいた」。帰国後、拒絶ばかりしていた父とその歴史に、カメラを通じて接した。「なぜ今も北朝鮮を信じ、息子たちを送ったのか」。映画は、兄家族のささやかな生活を映し出すと同時に、監督自身の心情をナレーションで吐露していく。「北朝鮮への固定観念は拉致、美女軍団、飢餓などで固められている。映像でそのバリエーションを増やすことが、あの国に何度も足を運んだ私にできること」と語る。
「オモニ(母さん)愛してる」。ステテコ姿で愛きょうを振りまく家族思いの父に、いつも笑顔で対する母。複雑で重い歴史を背負いながらも「笑いのある家族の体温を大切にしたい」という。
【鈴木隆】
【略歴】梁英姫(ヤン・ヨンヒ)さん 大阪市出身。在日コリアン2世。41歳。本作が初監督作品で、ベルリン映画祭最優秀アジア映画賞などを受賞。渋谷シネ・ラ・セットほかで上映中。
毎日新聞 2006年9月25日