福岡県筑前町の町立三輪中2年の男子生徒(13)が11日、いじめを苦に自宅で自殺した。1年時の担任で、2年の学年主任(47)が「からかいやすかった」といじめたことを認め、母親からの相談内容を漏らしていたことも分かった。先生を見て「自分もしていいと思った」と、いじめた生徒は遺族に打ち明けたという。
信じられないことが次々と明らかになる現場で取材しながら、いじめられる側の苦しみが分からない想像力の欠如と感覚の鈍さ、それに学校の「秘密主義」が自殺の背景にあると痛感している。
筑前町は福岡県のほぼ中央に位置する。昨春、三輪、夜須の旧2町が合併して誕生した。人口約2万9000人。農業が基幹産業で田園が広がる。スポーツが盛んで、男子生徒は小学校からスポーツ少年団のバレーボールチームに入って活躍した。中学でもバレーを続け、中心選手だった。
自殺した日。授業中と昼休み、下校時の計5回、「死にたい」と同級生に話していた。6時限の美術の時間には、スケッチブックに「遺書 いじめが原因です」と書き、死を「予告」した。授業終了後、生徒7人にトイレで囲まれた時も「死ぬ」と話したという。「本当なら下腹部を見せろ」とズボンを下ろされそうになった。合谷智校長(51)は、トイレでの事件が自殺の引き金になった可能性に言及したが、いじめられる痛みに気付かない生徒たちは冗談としか受け止めなかった。
「からかいやすかった」と話した学年主任は1年の時にクラスの生徒たちをイチゴの品種にたとえて呼び、成績が悪いと「ジャムにもならず、出荷できない」と言った。心ない発言で男子生徒へのいじめを誘発した可能性がある。生徒は先生を見ている。「先生がやるなら」と思っても不思議はない。
サッカー部の顧問を務め「気さくで冗談をよくいい、生徒の目線で話す先生」と評価する声も聞いたが、冗談ではすまされないことがある。悪気はなくても、軽いのりが母親の相談内容を暴露する分別のない行動にもつながったように思う。感覚が鈍く、加減を知らないのは生徒だけではない。
自殺から数日後の会見で合谷校長は「暴力や金銭授受はなく無視されたのが自殺の原因の一つ。無視する行為はいじめだが、継続的でなかった」と話した。学年主任と自殺との因果関係についても、一度は認めながらすぐに否定した。
非公開で開いた緊急保護者会では「いじめは知りませんでした」と答えた。ところが「靴隠しや無視、嫌がらせ、仲間はずしがあった」と先生が次々に明らかにし、保護者が問いただすと校長は「一部は知っていた。大変申し訳ない」と陳謝した。教頭が「校長には上げない情報もある」と釈明したという。
町教委への報告で、三輪中は03年度以降「いじめゼロ」が続いている。数件を把握しながら「長期にわたらず、一過性で解決ずみ」と判断して「ゼロ」としたことが、自殺後に判明した。町教委も「報告があれば転校を含めて手は打てる」と言うが、学校任せで実態をつかんではいない。
知り合いのある元教師は「校長の権威は絶対的。いじめがあれば、校長を含めて管理能力を問われて昇進にも影響するから、正直に報告しないケースもある」と打ち明けた。
文部科学省の調査では、昨年度のいじめは全国で約2万件で減少傾向にあり、いじめが原因の自殺者は99年度からゼロが続いているという。
本当だろうか。役所も学校も数字が評価の基準になる。三輪中も、まず「ゼロ」ありきで、批判を受けてから「一過性だった」と理由を用意したのではないかと勘ぐってしまう。
いじめ自殺が明らかになってから、報道陣が朝から夜遅くまで遺族の家を囲み、静かだった田舎町が急に騒々しくなった。
私は若手記者と一緒に取材を続けているが、息子を2人持つ親として、遺族の「地域や他の生徒に迷惑をかけて申し訳ない」という言葉が心に刺さる。自分と世代が近い校長や学年主任の態度に怒りを覚えて感情的になってしまうこともあるが、彼らをただ批判し、たたくだけでは何も変わらないと自戒している。遺族は「二度と繰り返してほしくない」と訴える。悲痛な叫びに今度こそ応えなければならない。
自殺から2週間。冷静に調査するのが出発点だ。真相解明と情報公開は悲劇を防ぐために欠かせない。学校は生徒のケアと指導、不都合な事柄を隠す体質を改める方策を真剣に考えてほしい。それが自殺した男子生徒への責務であると、親の一人として思っている。(福岡南支局)
毎日新聞 2006年10月25日