鉄鋼や自動車、電機など大手企業の大半が労働組合に2年連続で、賃上げを回答した。景気拡大が6年目に入り、企業業績も堅調なことからすれば、回答額は出し渋りにみえる。また、これから本格化する中堅・中小企業の春闘ではすんなりと賃上げ回答が出てくる状況にはない。パート労働者や派遣労働者などは基本的に春闘のらち外だ。
年率の実質成長率が5.5%に達した昨年10~12月期も、企業部門が引っ張っているのが実態だ。政府は企業部門の好調さが徐々に家計にも波及していくことを期待しているが、現状ではなかなか進まない。しかも、その企業部門も直接、間接に輸出に依存している。中国や米国などの景気に陰りが出てくれば、腰折れしかねない。
安定的な成長を続けていくためには、国内総生産(GDP)の約6割を占める個人消費が堅調でなければならない。その前提が所得環境の改善である。
大手企業は90年代半ば以降、経営体質強化の柱に賃金コスト切り下げを置いてきた。賃上げゼロに加えて、正社員から派遣やパート、請負への切り替えなどで対応してきた。GDPベースでみた雇用者報酬が98年度以降減少傾向をたどったのはそのためである。
05年春以降、わずかではあるが増加方向にあるのは、景気拡大の長期化で非正規労働者を中心に雇用者総数を増やしたからだ。仕事が増えても割安な労働で手当てする体質は基本的に変わらない。
今春闘では業績の好調な自動車や鉄鋼などの正社員には十分ではないがもうけの分与があった。しかし、それが全体として消費者マインドを上向かせることにならないのは明らかだ。政府が格差対策として進めている成長力底上げにもあまり寄与しない。
経済界は日本の賃金水準は世界的に高過ぎるという。また、国際競争力を高めるためには、一段のコストダウンが欠かせないともいう。しかし、国内の購買力が減退したのでは企業は立ち行かない。家計が健全であることが企業の安定成長の条件である。
言い換えれば、正当な賃上げを行うことは企業の社会的責任といえるのではないか。
また、経済の均衡の取れた発展という観点からは、企業の大半を占める中堅・中小が繁栄することが重要だ。ところが、製造業では親企業から下請けに厳しいコスト引き下げ要求が突きつけられている。その結果、中小企業は先行きに明るい展望をもちにくい。
政府もようやく下請け取引適正化の重要性は認識し、成長力底上げ戦略の課題に取り上げた。経済の持続的な発展は、中堅・中小のみならず大企業にも利益をもたらす。中小企業でも賃上げできるような体制を築くべきだ。
パート労働者や派遣労働者の賃金引き上げも忘れてはならない。労働組合は身近な問題として取り組まなければならない。企業にとっても低賃金労働は長い目で国内市場の空洞化を招き、自らの存立基盤をむしばむことになる。
毎日新聞 2007年3月15日 0時22分