アベノミクスが成功したかを判断する前に、それがなぜ日本にとって不可欠なのか思い出すことが大切だ。この経済政策の名前の由来である安倍晋三首相は、20年にわたって低迷した経済を引き継いだ。日本円で見ると、2012年の日本の国内総生産(GDP)は1994年のそれより低かった。20年続く財政赤字から脱却できず、政府はGDPの200%を優に超える債務を抱えている。
自民党総裁に再選され、記者会見する安倍首相。新たな「3本の矢」を掲げた(24日)=共同
実質ベースでは、状況はさほど厳しくはない。デフレと人口減少のおかげで、国民1人当たりの生活水準はそれほど大きな打撃を受けていない。しかし、債務の返済や国庫の充足で大切なのは現金だ。GDPを増やして何年ものあいだ高い水準で維持しなければ、日本の債務は持続困難になる恐れがある。金融緩和、財政政策、持続的な構造改革という「3本の矢」でアベノミクスが目指したのがこれだ。
ここ数カ月間、その勢いは失われているようだ。日本銀行はインフレ率2%の達成を目指して数兆円(の金融資産)を買い入れており、黒田東彦総裁は13年以来はじめてコア消費者物価指数がマイナスに転じた理由を説明する必要がある。成長も低迷しており、経済は4~6月期に年率で1.6%(注:速報値)縮小した。安倍氏が消費者の支出を増やして企業による昇給を促すためのインフレだというのであれば、その効果は弱まる。景気回復に水を差した昨年の消費増税で、日本の消費者は今なお動揺しているようだ。
■新たな3本の矢は期待外れ
安倍氏はこうしたつまずきを意に介していないようだ。それどころか、名目GDPを現在の491兆円から20年に600兆円まで拡大するという大きな賭けに意欲的だ。中国の減速による逆風を考えれば、一部の人々にこれは自己ぎまんによる自信過剰だとの印象を与えるかもしれない。日本の労働人口は年間で約100万人減少しているにもかかわらず、経済成長は名目ベースで年間4%を超える必要がある。この自信は、安倍政権が構造改革という第3の矢を放ったとする寄せ集めの記録に支えられたものでもない。エネルギー市場の自由化や日本企業に株主重視の姿勢を促す点で進展はあった。しかし、労働市場の規制を緩和する取り組みは、外国人労働者の雇用促進と同様に足踏み状態だ。安倍氏が先週こうした取り組みの強化に触れず、「強い経済」、「子育て支援」、「社会保障」という新たな3本の矢を発表したのは期待外れだ。同氏のもともとの明確なメッセージを分かりづらくするものは、目標を台無しにする恐れがある。
アベノミクスの第1段階が悲観的だと判断するのは時期尚早であるため、これはなおさら重要だ。デフレの点で日本はもはや例外ではない。最近の原油価格の下落を受け、ほぼ全ての先進国が物価下落に直面している。この影響がなければ、日本の消費者物価指数は大幅に高い0.5%から1%の間で成長している。安倍氏が引き継いだものを考えれば、2年半で5.8%の名目成長は素晴らしい。評論家は一歩退いてより長期的な視点からアベノミクスの実績を見てみるべきだ。13年以前、日本は経済成長やインフレの面で他の先進国に後れを取っていた。円ベースで、安倍政権下の経済成長は、それ以前の10年間より大きかった。3年前に安倍氏が発表した戦略は今なお日本に適している。安倍氏はそれを実現することに集中すべきだ。
(2015年9月28日 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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