西日本豪雨による土砂崩れなどで11人が亡くなった愛媛県宇和島市吉田町。続く断水でほとんどの飲食店が休業するなか、80歳と75歳の夫婦が喫茶店の営業を再開した。上水道を設けるのが難しい山腹にあり、苦労して引いた地下水に助けられた形だ。「少しでも住民の憩いの場になれば」と夫婦は願う。
国道56号で市中心部から吉田町に入ってすぐ、「コーヒーヴィレッジ オリーブ」がある。菊池典久さん(80)と悦子さん(75)が1974年に開いた。
16日に高校生の娘とモーニングを食べにきた宇和島市の阿部千鶴さん(56)は「こうして、みんなが普段通りに食べられる日が一日も早く来てほしい」。悦子さんによると、吉田町にある実家の片付けを手伝いに埼玉県から来たという夫婦が立ち寄り、「前と同じようにコーヒーが飲めて、ほっとした」と話したこともあったという。
愛媛県八幡浜市でミカン農家をしていた夫婦が44年前の開業でこの地を選んだのは、夕日に染まる吉田湾を見下ろす眺めが気に入ったから。しかし、山腹にあるぶん、当初は水道が引けず、40メートルほどボーリングして、飲める地下水を探した。ふもとのタンクから水道水をモーターで上げる設備が設置された後も、ミネラル分が多い地下水を併用してきた。
吉田町では7日に多数の土砂崩れが発生。水道復旧のめどは立たないが、地下水が無事だった菊池さんの店は仕入れが難しくなったメニューをのぞき、9日から再開できた。
「町内のみなさんが困ってなさるのに、営業するのは申し訳ない。店を閉めようかとも考えました」。悦子さんはそう振り返る。自身も、少しのことでイライラするようになったと感じるという。しかし、典久さんの弟の「こういうときだからこそ、役に立つこともあるんじゃないか」という言葉に背中を押された。
客は災害前の3分の1から4分の1程度まで減り、1日10組ほど。それでも、顔を見せたり電話をかけてきたり、無事を知らせてくれる常連客がようやく出てきた。「ここで気持ちを休めてもらえたら」。夫婦はそう願い、今日も店を開ける。(山田佳奈)