病気などで右手が動かなくなった「左手のピアニスト」にスポットを当てる試みが各地で相次いで始まる。金沢市を中心に開かれている「風と緑の楽都音楽祭」は、来年の第3回で左手のピアニストの公演を決め、右手に障害を持つ奏者に限定したオーディションを11月に実施。また、大阪府箕面市でも11月に左手のピアニストのための作品の演奏を条件とするコンクールが初めて開かれる。
「左手のピアニストの為の公開オーディション」は11月10日、楽都音楽祭のメイン会場となる石川県立音楽堂(金沢市)で開かれる。国籍やプロ・アマを問わず、左手だけで活動している15歳以上の演奏家が対象。入賞者は来年5月の音楽祭で協奏曲または独奏曲を演奏する権利が与えられる。
審査員は左手のみで演奏活動する世界的ピアニスト・舘野泉(たてのいずみ)(81)のほか、左手のための作品を手がけている作曲家の一柳慧(いちやなぎとし)と末吉保雄が務める。舘野によると、大規模な音楽祭で特定の奏者を想定しない「左手枠」が設けられるのは珍しいという。
「音楽祭が左手の分野を設け、左手の活動を広げるきっかけをつくるという、画期的で大きな試み」と舘野。自身は2002年に脳出血で右半身がまひしたが、左手で活動を再開。「左手の文庫募金」を設立し、多くの作曲家に左手用のピアノ作品を委嘱するなど、「左手音楽」の充実に尽力してきた。「左手には左手の独特な音楽世界がある。両手で弾けなくても、人の心に訴える演奏家がどんどん出てきて欲しい」。音楽之友社からは「文庫」発の作品など19点の楽譜シリーズが出版され、左手作品を手がける作曲家は増えている。
「日本で左手作品の認知度は少しずつ上がってきたが、一つのプロオーケストラが協奏曲を取り上げるのは良くて数年に1回程度」と楽都音楽祭実行委員会の山田正幸チーフプロデューサー。「スポーツではパラリンピックがあるのに、身体障害者の音楽はあまり表に出てこなかった。そうした人や音楽の存在にきちんと光を当てたい」
一方、箕面市では11月2~4日、第1回「ウィトゲンシュタイン記念 左手のピアノ国際コンクール」が開かれる。実行委員長の智内威雄(ちないたけお)(41)は局所性ジストニアを発症し、左手で演奏や教育活動をするピアニストだ。コンクールでは障害のない奏者による左手作品の演奏も認め、プロ・アマの2部門で計約30人が参加を表明しているという。「障害を負っても音楽を心の支えとし、音楽の魅力をよく知っている人たちが左手の音楽の歴史をつくってきた」と智内。「音楽祭出演を目標とする金沢のオーディションは、教育的・福祉的側面も持つうちのコンクールの参加者にとって励みになる。両者の循環がうまく回れば、生み出すものはすごく大きい」
金沢のオーディションの申し込みは9月1日~10月10日、問い合わせは実行委(076・232・8111)。箕面のコンクールの申し込みは8月31日まで、問い合わせは箕面市立メイプルホール(072・721・2123)。(田中ゑれ奈)