波聞風問
「最近、起業(スタートアップ)するなら福岡、と聞く」「福岡にベンチャー企業が集まっているらしい」
などという話を、2~3年前から大阪や東京の経営者らから聞くようになった。
福岡には十数年前に赴任したことがある。街の中心・天神から空港まで地下鉄で10分ほど。買い物も天神に行けばだいたいのものがそろう。魚も野菜も新鮮で安い。とても住みやすい街だったが、当時は起業の話は聞かなかった。
福岡市と民間が運営する起業家支援の施設が1年半前にできたと聞き、訪ねてみた。天神に近く、深夜まで若い人でにぎわう大名地区。昭和の初めに建てられ、閉校になった小学校が改装されていた。
このフクオカ・グロース・ネクスト(FGN)の1階スタートアップ・カフェには、若い人が相談に来ていた。ここには起業経験者らが常時待機し、予約すれば行政書士、税理士、弁護士らが無料で相談に応じてくれる。相談件数は月平均170回を超す。2014年のカフェ開設前の7倍。カフェ利用者から150社以上が創業したという。
毎週3~5回、セミナーや交流会も開かれる。かつての教室はオフィス、シェアオフィス、コワーキング(協働)スペースとして、低価格で借りることができ、約170社が利用している。
グアテマラからマヤ系住民の生地を輸入する会社をつくった大久保綾(あや)さん(35)は「現地の女性の手仕事を支援しようと始めた仕事。起業は考えていなかった。何から手を付けていいのか、同じ悩みをもつ人が周りにいて救われた」と入居の理由を明かす。
人工知能開発のスカイディスクは社員が増え、手狭になったのでFGNを“卒業”した。株式公開も視野に入れる橋本司社長(42)は「ここには起業家同士、投資家、エンジニアなど様々な人のつながりができている」と、起業する上での都市の魅力を語る。
福岡市のこうした起業家支援は、高島宗一郎市長(43)が米シアトルへの視察で感じた都市の活力が原点だ。シアトルの人口は福岡市の半分以下なのに「支店経済」どころか、アマゾン、スターバックスなどグローバル企業が育ち、本拠を構える。それが12年の「スタートアップ都市宣言」につながった。
振り返れば、この国の自治体は山を削り、海を埋め立て、工場用地を造成してきた。そこへ工場を誘致して、雇用を、税収を創出しようとしてきた。バブルから30年、それは今も変わらない。
ただ、これから国内に広大な用地を必要とする企業がどれだけあるだろう。自治体の財政にも、造成や維持管理をする余裕はあるだろうか。
福岡市の試みは、それに対する答えの一つだ。誘致から育成へ。ここでは、都市の魅力が人材を引きつけ、その人材が他の都市からも人材を引きつけるという循環が始まっている。