記者が見た西日本豪雨(岡山・真備)
多くの命を奪った豪雨災害から約1カ月。被災地で取材を重ねてきた記者たちの思いは。
7月8日朝、見渡す限り泥水に沈んだ町を見て、息をのんだ。住民も「まさか」と口をそろえた。豪雨は、「晴れの国」という岡山県のイメージを一変させる被害をもたらした。
【パノラマ写真】西日本豪雨 岡山・真備の末政川決壊現場
被災地のために今できること…西日本豪雨支援通信
西日本豪雨、列島各地の被害状況は
倉敷市真備(まび)町では、小田川や支流が相次いで決壊。人口約2万3千人、約9千世帯の地区で、4千棟以上が浸水した。水が引くにつれ、人的被害の大きさも明らかになった。県内61人の死者のうち、真備町だけで51人。岡山県警の取材を担当する記者(23)は、一帯を管轄する玉島署に入った。犠牲者が運ばれた署には家族を捜す人が次々と訪れ、涙をぬぐう人もいた。
住民には悲しむ時間さえ、十分になかった。泥水にかき回された家の片付けが待っていた。過酷な暑さの中、泥をかき出し、ぬれた家財道具を黙々と外に運んだ。住民やボランティアの頑張りに比例して、増え続けるゴミ。処理が追い付かず、道に積み上げられたままのゴミの山を見るたび、進まぬ復旧にもどかしさが募った。
豪雨から1カ月経ち、通行止めだった道路を車が行き交う。一部の店舗は営業を再開し、断水も解消された。みなし仮設住宅の提供など、生活再建への動きも進む。
表面上、復興に向かっているように見えるが、いまも避難所生活を余儀なくされている人は多い。片付けは終えたものの、空っぽの家が点在している。住民がいつ元の生活に戻れるのか、先は見えない。支援の必要性を伝えるため、取材を続けたい。(華野優気)