西日本豪雨で甚大な被害を受けた広島市。復旧の途上だが、元気を取り戻せる場所がある。2009年に開場したプロ野球広島東洋カープの本拠地、マツダスタジアムだ。昨年の観客動員数は217万人と球団史上最多を更新し、3年連続で200万人を超えた。カープは球団初のセ・リーグ3連覇に向けて独走中。チームの躍進とスタジアムの人気を三井物産グループが陰で支えている。
「CCダンスで~す」
五回裏が終わると、スタンドの通路にいたビールの売り子がそそくさとフェンス際に移動して、ダンスを始めた。踊り手は球団専属のチアではない。給食サービス事業などを手がけるエームサービスの従業員が、振付師のラッキィ池田さんの振り付けで踊る。
球場全体を周回できるコンコースがマツダスタジアムの特徴。三井物産が米社と合弁で設立し、給食事業などを手がけるエーム社がコンコースの売店も担う。たとえば全部で25あるワゴン販売では機動力を生かし、気温10度前後ならビールを熱かんに変更。夏でも寒ければかき氷をココアに変えて収益を確保する。
「場内を一括運営しているので、柔軟に動けるのが特徴です」とエーム社の宮内努・地区支配人。ビールの売り子がチアの踊り手を兼ねられるのも、そのためだ。
多様な観客席もマツダスタジアムの魅力だ。バーベキューをしながら観戦できるテーブル席、大相撲さながらグラウンドの間近でプレーが見られる「砂かぶり席」、ごろ寝しながら観戦できる「寝ソベリア」などを設け、どれも盛況だ。こうした座席のエリアごとに冠スポンサーを募り、球場事業の収益源にしている。
カープと協力して仕掛けたのは、三井物産の若手だった。いまは経営企画部に所属する小野川貴さん(43)が04年ごろ、米国に研修に出て現地の大学にも通い、スポーツビジネスを学んだ。そこで担当教授がヒントをくれた。「放映権ビジネスの次に来るのは、ファシリティーマネジメント(施設経営)だ」
経営不振の球場にエンターテインメント性を加えて「ボールパーク」に変身させたメジャーの現場も多く見て、「導入すれば、絶対成功すると思った」。帰国後に球場運営ビジネスへの参入を提案。広島市民球場に建て替え計画があったのは渡りに船だった。
三井物産は08年、新球場での商品販売や特別観覧席の開発などを広島カープから受託。球場を持つ広島市とも議論を重ね、老若男女が楽しめる空間をつくり上げた。観客動員数は13年以降、右肩上がり。15年からナゴヤドームでも一部店舗の運営を始めた。
プロスポーツ関連の事業はこれだけではない。16年秋にスタートしたプロバスケットボール「Bリーグ」のチーム運営にも参画しているのだ。
「チームの社長に」。子会社の三井物産フォーサイト常務で、球場内の事業推進の経験がある林邦彦さん(53)に、アルバルク東京に出資するトヨタ自動車から声がかかった。商機とみた三井物産は共同出資者になり、林さんを派遣した。
運営会社は総勢19人。林さんは球場運営などのノウハウを生かして、目標や成果の達成度、成長度などを「見える化」。初年度に1千人台半ばだった平均入場者数は、昨季は2500人を超え、アルバルクは5月にリーグ2代目の王者となった。本拠地会場が満席になる3千人が次なる目標だ。
人工知能(AI)を活用し、需給変動に応じてチケット価格を変動させる「ダイナミックプライシング」と呼ばれる先進的なサービスも始めた。チームの順位や天候、繁閑期などの条件をもとに座席ごとに価格を調整し、転売による高騰や空席を解消する仕組みだ。
6月に新会社を設立し、米社が開発したシステムを提供。すでにJリーグ横浜マリノスやプロ野球ソフトバンクが導入した。ここでも商社らしく裏方として汗をかいている。(鳴澤大)