時紀行
広島市中区に、元遊郭の建物に泊まれる旅館がある。築68年の一楽(いちらく)旅館。吹き抜けの回廊があり、その中央にはコイが泳ぐ池がある。遊郭から旅館へ転業、高度成長期には建設労働者の長期宿泊に使われ、今は繁華街に近い立地の良さと安さから、観光客に人気だ。
連載「時紀行」バックナンバー
【動画】(時紀行:時の余話)元遊郭、吹き抜け回廊でフロを待つ
木造2階建て。お一人さま素泊まり4千円。ただし、「歴史」に免じて、少々の不便はご容赦を……。
玄関を入れば吹き抜けの回廊。中央には大きな石を使った池があり、涼しげな水音が迎えてくれる。開閉式の天井から自然光が降り注ぎ、ニシキゴイが群れ泳ぐ。風情は満点だ。
広島駅から歩いて15分ほど、大通りから細い路地に入ったあたりに一楽(いちらく)旅館はある。ごく普通のマンションが立ち並ぶ中、飾り窓など凝った和風の外観が異彩を放つ。
歓楽街の流川(ながれかわ)・薬研堀(やげんぼり)はすぐそば。1950(昭和25)年から売春防止法が施行される58(昭和33)年まで、ここは遊郭(ゆうかく)だった。
「子どもの頃は恥ずかしくて、家が遊郭だなんて嫌でしたよ」と、ご主人の田渕信夫さん(69)がにこやかに迎えてくれた。
「当時『お姉さん』は7、8人いましたかね。映画に連れていってもらったら、デート相手のお兄さんがチョコレートを買ってくれた。『将を射んと欲すれば』なんとやら、でしょう。そんなことが何度かあったから、ある意味、いい目にもあったんですけど」
築68年。4畳半の部屋を案内…