伝統的建造物が多く残る京都。建物に新たな息吹を吹き込むにはお金が欠かせないが、古い建物を担保に資金を借りるのは難しい。古都の抱えるそんな悩みを金融機関がサポートする動きが出てきた。
京都・祇園。八坂神社のすぐ近く、1912(大正元)年創業の茶懐石で知られた料亭「美濃幸(みのこう)」の建物を、東京スター銀行でホテル事業融資を統括する岸田豊彦さん(46)は2年前の秋、初めて訪れた。
大正期の格式をそのまま残した数寄屋造り。中庭には絶妙の配置で飛び石が敷かれ、もみじや松、桜などの植栽で彩られる。
造園会社の職人から金融業界へ身を転じた岸田さんは、日・米・英各国の不動産鑑定士の資格も持つ。「この雰囲気そのものが価値になる」。訪問して一目でこの物件にほれ込んだ。
美濃幸は既に閉店し、訪日客らを当て込んだ投資ファンドが買い取り、高級ホテルに転換する方策を模索していた。伝統的建造物の外観を変えることに慎重な京都市へも配慮して改装は内部にとどめ、外観は可能な限り現状を維持する計画で、融資を求めていた。
「古い木材を使った建物だけが持つ風情を生かし、京都では希少な五つ星ホテルをめざせる」。岸田さんは商機があるとみた。
不動産事業向け融資では、国内銀行の多くは企業の信用力や不動産の担保価値をみて融資の可否を判断する。しかし古い建物は担保価値がほとんどなく、多くの銀行は融資に二の足を踏む。
一方のスター銀は、需要予測などから事業の収益性を評価し、融資する「プロジェクトファイナンス」の手法を不動産融資に持ち込んでいる。改装設計は、京町家再生を手がける著名な建築家に、運営は祇園で高級旅館を営む事業者にそれぞれ委ね、ファンド側と事業計画を練り上げた。
京都では富裕層向けホテルが不足しており、収益は十分見込めると判断。今年3月に融資を実行した。ホテル名は「そわか」と決まり、11月に開業する。
京町家は、通りに面し、柱とはりで組まれ、大屋根で覆われた1950年以前の木造家屋を指す。京都市の調査では2016年には約4万軒が残るが、過去6年で7千軒以上減った。
そんな建物への入居や新事業を考える人へ、専用の融資を行っているのが京都信用金庫だ。
京町家への支援・補助制度を整える市と連携。京町家であることを市の外郭団体が証明する「京町家カルテ」などを取得すれば、融資する。11年から続け、150件・約40億円まで実績を増やした。借り手は教員や公務員、芸術家ら。京町家の活用を堅実に考える人が多く、融資が焦げ付いた例は一つもないという。
同信金個人ローンセンターの水谷英一所長(60)のもとには、他の自治体からも「伝統的家屋の保存のため、地元金融機関に同様の融資制度を作ってもらうにはどうしたらいいか」といった相談が相次ぐ。評判を聞きつけた世界銀行の担当者も水谷さんのインタビューに訪れ、取り組み内容を盛り込んだ報告書を今年発行した。
京都ではいま、格子窓やのれんなどで京町家を模した外国人向け簡易宿所なども増えている。ただ、水谷さんは「京町家に使われる磨き上げられた木材と、ただ茶色く塗っただけの木材ではやはり違う。伝統的な街並みの保存への思いを持ち続けたい」と言う。大きな利益が見込める事業ではないが、伝統の継承へ融資制度を守り続ける考えだ。(榊原謙)