アジアパラ大会が開かれたインドネシアのジャカルタは、チェスが盛んだ。街中でプレーする人の姿が、あちこちで見られる。そして今大会、初めて正式競技として採用された。身体障害の部は、普通のチェスとあまり変わらない。異彩を放ったのは、視覚障害の部だ。
見えない中で、チェスができるのか。
「私たちは手で触れて、駒を動かす」。インドの男子選手、パチューリャ・プラダーナ(21)は話した。
プラダーナは先天性の全盲。家族全員がチェス好きで、ルールは選手だった叔父が教えてくれた。「叔父が目で見ている駒を、触れて、頭に描きながら覚えていった」。当初は海外遠征を資金調達で諦めるときがあった。認知度が高まったことで、選手になって7年ほどでスポンサーが付くようになった。
視覚障害用の盤は、駒を差し込めるように、1マスずつ穴があいている。選手はそこに駒を差し込んで、動かしていく。黒いマスは白より一段高くなっているほか、黒い駒の先端には小さい突起があり、色が判別できるようになっており、選手たちは時折手を広げて駒を触り、位置を確認する。
「強い選手ほど、記憶力、思考能力が高い」とインドネシアチェス協会のナナン・メリーさん。相手の駒も含めて盤上の状態を頭に描き、いくつもの作戦を時間内に練る。「どの策でいくのか、直感力が決め手になる」とメリーさんは話す。
選手の集中力をそらさないよう、声援も会場のBGMもない。空調の音に混じり、駒を置く音と、選手のため息が響く。近づいての写真撮影も厳禁だ。そんな静けさの中で行われた。
12日までに、視覚障害は団体戦や個人戦で計16クラスを終えた。そのうち、9クラスで地元インドネシアが金メダルを獲得した。
運営事務局のブナワン・ボンさんによると、視覚障害者のチェスは、普通のチェスほどまだ普及はしていない。それでも、街中の盛り上がりと結果は比例していた。(国吉美香)